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留菜マナ
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第百六十一話 仮想は偽りを隠す⑥

公開日時: 2021年2月26日(金) 16:30
文字数:1,939

「マスター。ペンギン男爵様から頂いた『創世のアクリア』のプロトタイプ版における、新たなマップを調べておきます」


ログアウトフェーズに入った望達を引き止めたのは、神妙な表情を浮かべたプラネットだった。

プラネットはNPCのため、このギルドに一人で留まることになる。


「マスター、有様、これからもギルドの管理はお任せ下さい。ギルドホームを美しく生まれ変わらせてみせます」

「……望よ。明日、ギルドの様子を見にログインするつもりだ」

「その方がいいかもな」


プラネットの決意に満ちた真剣な眼差しを見て、有と望は一抹の不安を滲ませたのだった。






『愛梨、今日は紘の帰りが遅くなるみたいだから、その間、俺が愛梨を守るな』

『う、うん』


翌日、愛梨は中学校から帰宅後、自分の部屋でメッセージのやり取りをしていた。

文章を一行綴る度に、指を動かし、携帯端末に表示された返信メッセージを確認していく。

メッセージの相手は、徹だった。

紘の帰りが遅くなることを知った愛梨は、終始心細そうに俯いていた。

そんな愛梨を気遣って、徹は遊びに行く約束をしていたのだ。

愛梨は机から立ち上がり、姿見の鏡の前で服装を整える。

しばらくして、玄関のインターホンが鳴った。


「ーーっ!」


インターホンの音に反応して、愛梨の肩がびくりと跳ね、あたふたと視線を泳がせる。


「こんにちは」

「徹くん、いらっしゃい」


叔母が応対した後、徹は愛梨がいる二階へと上がった。


「愛梨、お待たせ!」

「ーーーーーーっ!」


唐突に響いた徹の声とドアが開く音に、愛梨は声にならない悲鳴を上げる。


「よお、愛梨!」

「…………っ」


少年の気楽な振る舞いに、愛梨は怯えたように部屋の隅に隠れた。


「そうやってすぐ隠れるところは、いつまでも変わらないな」

「……徹くん」

「愛梨、一緒に遊ばないか?」


徹の陽気な誘いに、愛梨はゆっくりと歩み寄ると、両手をぎゅっと握りしめたまま、恥ずかしそうに顔を俯かせる。

しかし、このままでは話が先に進まないと思ったのだろう。

愛梨は顔を上げると、意を決して問いかけた。


「何をして遊ぶの?」

「うーん……そうだな。ゲームの最新情報でも見ないか?」


愛梨が態度で疑問を表明すると、徹は鞄から携帯端末を取り出す。

徹が携帯端末を操作すると、幾つものインターフェースホログラフィーが表示された。


「すごい……」


目の前に映し出される様々な映像に、愛梨は息を呑み、驚きを滲ませる。

徹達が他愛のない会話をしていると、不意に愛梨の部屋のドアが開いた。


「愛梨、ちょっといい?」

「う、うん」


部屋に入ってきた叔母から言葉を投げかけられて、愛梨は息を呑み、驚きを滲ませる。

叔母は穏やかな表情で、徹に声をかけてきた。


「徹くん、ゆっくりしていってね」

「はい」


叔母はそう言うと、テーブルの上に、二種類のパンケーキを置いていった。

イチゴのムースのパンケーキ、生チョコとバナナのパンケーキ。

床には、長方形のおぼんの上に、二人分のポットとティーカップが置かれてある。

駅前の洋菓子店で売られている、人気のパンケーキだ。


「お店のパンケーキ……」


愛梨はナイフとフォークで、パンケーキを切り分ける。

そして、切り分けた一片を口に運んだ。


「美味しい……」


愛梨は目を細め、わずかに頬を染める。


「ああ。この店のパンケーキ、美味しいよな」


徹は至福の表情で、切り分けたパンケーキを頬張った。

何気ない日常。

閑話休題。

愛梨達が住む住宅街は、街並み自体はさほど変わっていない。

今日も大勢の人で賑わい、人々の行き来も激しかった。

だが、美羅の特殊スキルが発動されてから、明らかに異質な行動をする人の姿を見かけるようになっていた。


「美羅様……」


帰宅途中で、愛梨と同じ年頃の少女は目を閉じ、手を合わせた。

周りの人々も、美羅に対して訥々と祈り始める。

徹が部屋の窓から眺めた景色には、今日も美羅を敬う人々によって溢れ返っていた。


「美羅の特殊スキルは、全ての人々にご加護を与え、一部の者達に神のごとき力ーー『明晰夢』を授ける力か。紘の特殊スキルさえも覆す力。厄介だな」


徹は瞬きを繰り返しながら、賢達が語った美羅の特殊スキルの内容を思い出してつぶやいた。

徹達の苦悩も虚しく、美羅の特殊スキルの力はあっという間に世界中へと広まっている。


『創世のアクリア』のプロトタイプ版を産み出した四人の開発者ーー。


『救世の女神』を産み出すという禁忌を犯したことで始まった戦いは、仮想世界だけではなく、現実世界までも浸食していった。

漠然とした想いのまま、徹達は理想の世界へと変わった現実世界での日々を過ごしている。

しかし、特殊スキルの使い手達だけではなく、一介のプレイヤーである自分にもできることはあるはずだ。


徹は抵抗したくなった。

理想の世界という定められた運命にーー。

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