「マスター。ペンギン男爵様から頂いた『創世のアクリア』のプロトタイプ版における、新たなマップを調べておきます」
ログアウトフェーズに入った望達を引き止めたのは、神妙な表情を浮かべたプラネットだった。
プラネットはNPCのため、このギルドに一人で留まることになる。
「マスター、有様、これからもギルドの管理はお任せ下さい。ギルドホームを美しく生まれ変わらせてみせます」
「……望よ。明日、ギルドの様子を見にログインするつもりだ」
「その方がいいかもな」
プラネットの決意に満ちた真剣な眼差しを見て、有と望は一抹の不安を滲ませたのだった。
『愛梨、今日は紘の帰りが遅くなるみたいだから、その間、俺が愛梨を守るな』
『う、うん』
翌日、愛梨は中学校から帰宅後、自分の部屋でメッセージのやり取りをしていた。
文章を一行綴る度に、指を動かし、携帯端末に表示された返信メッセージを確認していく。
メッセージの相手は、徹だった。
紘の帰りが遅くなることを知った愛梨は、終始心細そうに俯いていた。
そんな愛梨を気遣って、徹は遊びに行く約束をしていたのだ。
愛梨は机から立ち上がり、姿見の鏡の前で服装を整える。
しばらくして、玄関のインターホンが鳴った。
「ーーっ!」
インターホンの音に反応して、愛梨の肩がびくりと跳ね、あたふたと視線を泳がせる。
「こんにちは」
「徹くん、いらっしゃい」
叔母が応対した後、徹は愛梨がいる二階へと上がった。
「愛梨、お待たせ!」
「ーーーーーーっ!」
唐突に響いた徹の声とドアが開く音に、愛梨は声にならない悲鳴を上げる。
「よお、愛梨!」
「…………っ」
少年の気楽な振る舞いに、愛梨は怯えたように部屋の隅に隠れた。
「そうやってすぐ隠れるところは、いつまでも変わらないな」
「……徹くん」
「愛梨、一緒に遊ばないか?」
徹の陽気な誘いに、愛梨はゆっくりと歩み寄ると、両手をぎゅっと握りしめたまま、恥ずかしそうに顔を俯かせる。
しかし、このままでは話が先に進まないと思ったのだろう。
愛梨は顔を上げると、意を決して問いかけた。
「何をして遊ぶの?」
「うーん……そうだな。ゲームの最新情報でも見ないか?」
愛梨が態度で疑問を表明すると、徹は鞄から携帯端末を取り出す。
徹が携帯端末を操作すると、幾つものインターフェースホログラフィーが表示された。
「すごい……」
目の前に映し出される様々な映像に、愛梨は息を呑み、驚きを滲ませる。
徹達が他愛のない会話をしていると、不意に愛梨の部屋のドアが開いた。
「愛梨、ちょっといい?」
「う、うん」
部屋に入ってきた叔母から言葉を投げかけられて、愛梨は息を呑み、驚きを滲ませる。
叔母は穏やかな表情で、徹に声をかけてきた。
「徹くん、ゆっくりしていってね」
「はい」
叔母はそう言うと、テーブルの上に、二種類のパンケーキを置いていった。
イチゴのムースのパンケーキ、生チョコとバナナのパンケーキ。
床には、長方形のおぼんの上に、二人分のポットとティーカップが置かれてある。
駅前の洋菓子店で売られている、人気のパンケーキだ。
「お店のパンケーキ……」
愛梨はナイフとフォークで、パンケーキを切り分ける。
そして、切り分けた一片を口に運んだ。
「美味しい……」
愛梨は目を細め、わずかに頬を染める。
「ああ。この店のパンケーキ、美味しいよな」
徹は至福の表情で、切り分けたパンケーキを頬張った。
何気ない日常。
閑話休題。
愛梨達が住む住宅街は、街並み自体はさほど変わっていない。
今日も大勢の人で賑わい、人々の行き来も激しかった。
だが、美羅の特殊スキルが発動されてから、明らかに異質な行動をする人の姿を見かけるようになっていた。
「美羅様……」
帰宅途中で、愛梨と同じ年頃の少女は目を閉じ、手を合わせた。
周りの人々も、美羅に対して訥々と祈り始める。
徹が部屋の窓から眺めた景色には、今日も美羅を敬う人々によって溢れ返っていた。
「美羅の特殊スキルは、全ての人々にご加護を与え、一部の者達に神のごとき力ーー『明晰夢』を授ける力か。紘の特殊スキルさえも覆す力。厄介だな」
徹は瞬きを繰り返しながら、賢達が語った美羅の特殊スキルの内容を思い出してつぶやいた。
徹達の苦悩も虚しく、美羅の特殊スキルの力はあっという間に世界中へと広まっている。
『創世のアクリア』のプロトタイプ版を産み出した四人の開発者ーー。
『救世の女神』を産み出すという禁忌を犯したことで始まった戦いは、仮想世界だけではなく、現実世界までも浸食していった。
漠然とした想いのまま、徹達は理想の世界へと変わった現実世界での日々を過ごしている。
しかし、特殊スキルの使い手達だけではなく、一介のプレイヤーである自分にもできることはあるはずだ。
徹は抵抗したくなった。
理想の世界という定められた運命にーー。
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