「なかなか減らないな」
迫り来るガーゴイルの群れを何とか捌きながら、徹は空中で踏み止まっていた。
倒しても倒しても、ガーゴイル達は四方八方から現れ、次々に襲い掛かってくる。
それらを打ち倒している途中で、イリスから連絡が入った。
『徹様、吉乃信也の目的は、やはり蜜風望様との接触のようです』
「分かった。しばらくの間、足止めを頼むな」
『了解しました』
徹は通信を切り、神妙な面持ちで地上を眺めた。
躍動する闇と槍の光が入り乱れる戦場を、イリスは凄まじい速度で駆ける。
彼女の繰り出す斬撃は早く鋭く、光龍を振り切ったガーゴイル達をいとも容易く切り裂いていく。
「『アルティメット・ハーヴェスト』が誇るNPC。さすがに手強いな」
「随分と余裕ですね」
信也の言葉に呼応するように、気迫の篭ったイリスの声が響き、行く手を遮るガーゴイル達が次々と爆ぜていった。
「私達は、開発者側だからな。ゲーム内のガーゴイル達の動きは把握している」
「……そのようですね」
信也の戯れ言に、イリスは不満そうに表情を歪める。
そこで、信也は浮き島で戦況を見据えている望達に気づいた。
「有、あの人はーー」
「吉乃信也のようだな」
この状況に気づいた望は、即座に事の次第を有達へと報せていた。
「しかし、蜜風望くん達には、既に私の存在を気づかれてしまったか」
「とにかく、愛梨も紘も、そして望も、おまえ達に渡すつもりなんてないからな!」
信也の言葉を打ち消すように、上空で戦闘を繰り広げていた徹はきっぱりとそう言い放った。
「そもそも、この塔に何をしに来たんだよ!」
「もちろん、ダンジョン攻略をするために」
「……っ」
信也の即座の切り返しに、徹とイリスは胡散臭そうに睨みつける。
信也は、望達に一瞥くれて言い直した。
「……というのは口実で、かなめが告げていた、美羅様と最も波長が合う少年に会いに来たと言えば伝わるかな」
「やっぱり、望を狙ってきたんだな!」
「そう取ってもらっても構わないよ」
徹の否定的な意見を、信也は予測していたように作業じみたため息を吐いた。
信也は望に視線を向けると一転して、柔和な笑みを浮かべる。
「蜜風望くん、一緒に来てもらえるかな?」
「ーーっ」
信也が浮き島に降り立つと、望達は一斉に武器を構えた。
「望くんと愛梨ちゃんは渡さないよ! 望くんと愛梨ちゃんは、私達の大切な仲間だもの!」
信也の誘いに、花音は眦(まなじり)を吊り上げて強く強く否定する。
「ああ。望と愛梨は、俺達の大切な友人で仲間だ。他のギルドに渡すわけにはいかない」
「愛梨を守ることが僕の役目だ」
強い言葉で遮った花音の言葉を追随するように、有と奏良は毅然と言い切った。
「マスターと愛梨様を、あなた方に渡すわけにはいきません!」
プラネットも、信也の申し出を拒む。
「俺は協力するつもりはないからな!」
望は万感の思いを込めて、蒼の剣の切っ先を信也に向ける。
「残念だ。私は、美羅様と話をしたかっただけなのにな」
望達の答えを聞いて、信也は失望した表情を作った。
その時、勇太が慄然とした声でつぶやいた。
「リノアの診察をしていた先生……」
「そういえば、君とは彼女が入院している病院内で出会っていたな。柏原勇太くん」
合点が行ったとばかりに、信也が言う。
信也の表情を見て、勇太は最悪の予想を確信に変える。
「先生も、『レギオン』と『カーラ』の関係者か」
「『カーラ』のギルドマスターは、私の妹だ」
勇太の言葉に、信也は表情の端々に自信に満ちた笑みをほとばしらせた。
それが答えだった。
「リノアを元に戻せ!」
勇太は冷めた視線を突き刺すと、そのまま容赦なく追及する。
「『レギオン』と『カーラ』の関係者達がいる病院。こんな狂っている病院からは、すぐにリノアを退院させるからな!」
「退院の手続きは、君の一任だけでは決められないはずだ」
思いの丈をぶつられた信也は、その全てを正面から受け止めた上で、あくまでも笑顔を崩さない。
「それに美羅様が真なる覚醒を果たした今、どこの病院に行っても、彼女がこの世界にログインすることは止められない」
「ーーっ!?」
信也が口にした決定的な事実に、勇太は大きく目を見開いた。
「そして、今の彼女が生き続けるには、病院の医療機材は必要不可欠のはずだ」
「「ーーっ」」
あまりにも衝撃的な事実を突きつけられて、望達は二の句を告げなくなってしまっていた。
リノアは病院で施された医療機材によって、強制的に『創世のアクリア』のプロトタイプ版にログインさせられていた。
しかし、裏を返せば、今の彼女は望達が側にいるか、医療処置を受けない限り、生き続けることはできない。
「彼女はもはや、君の知っている『久遠リノア』ではない。救世の女神たる『美羅』様だ」
「なっ……」
常軌を逸した発言を聞いて、勇太は悲しみと喪失感に打ちひしがれた。
今の病院から転院すれば、リノアを助けられる。
そんな勇太の希望は絶望に反転し、淡い期待は水の泡と化した。
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