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留菜マナ
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第百ニ十八話 消えないで、愛の灯⑤

公開日時: 2021年1月24日(日) 16:30
文字数:1,574

「吉乃先生。お見舞いに来られていました美羅様のご両親方の携帯端末に、ゲームアプリのインストールをしておきました」


先程、リノアを診た医師の報告に、かなめの兄、吉乃信也は息を呑み、短い沈黙を挟んでから微笑んだ。


「助かった。引き続き、美羅様の経過を看てほしい」

「はい」


信也の指示に、カルテを手にした医師は一礼して部屋を出る。


「さて、そろそろ出向くか」


医師が立ち去った後、信也は携帯端末を操作し、『創世のアクリア』のプロトタイプ版へとログインする。

彼が転送アイテムを用いて訪れたのは、機械都市『グランティア』の一角にある高位ギルド、『レギオン』のギルドホームだった。

信也はドアのセキュリティを解除して、ギルドマスターが控えている部屋に入る。

そこは、物々しい機材が置かれただけの研究室のような空間が広がっていた。

ディスプレイや小型の機械は、全て中央の玉座へと繋がっている。

その玉座に、一人の少女が眠りながら座っていた。

信也は室内にあるモニターを表示させて、少女のーーリノアの診療の経過を電子情報として一括し、データベースに記録した。


「美羅の特殊スキルの力はすごいな……」


電子カルテを見ていた信也は、物欲しげに顔を歪める。

そのタイミングで、後方に控えていた賢は咎めるようにして言った。


「信也。『美羅様』だ」

「美羅様の力はすごいな」


信也は、賢に一瞥くれて言い直した。


「賢は相変わらず、美羅様にご執心だな。しかし、美羅様は『レギオン』を脱退されていたのだろう。ここに連れてきてよかったのか?」

「美羅様には、一時的に脱退して頂いただけだ。それに最初にログインされた場所が、美羅様にとって縁(ゆかり)のあるこの場所だったからな。もっとも、美羅様は、勇太くん達のパーティに入っているから、彼らとともにログインされた場合は座標をずらす必要はある」


信也の戯れ言に、賢は確信に満ちた顔で笑みを深める。

リノアは病院で施された医療機材によって、強制的に『創世のアクリア』のプロトタイプ版にログインさせられていた。

『創世のアクリア』で起きた出来事を思い返して、賢の隣に立っていたかなめは憐憫の眼差しを信也に向けた。


「お兄様。留置所から出して頂いたことは感謝します。ですが、ログインされた時くらい、こうしてお兄様の方から美羅様に会いに来て頂けませんか? 美羅様に、ゲーム内であまりお会いしていない影響で、お兄様だけ、まだ『明晰夢』の力を授かっていません」

「そうだな。たまには、『四人』揃うのも悪くない」


そう懇願したかなめをまっすぐに射貫くと、信也は静かな声音で真実を口にする。


「『レギオン』のギルドマスターである美羅様。特殊スキルの使い手である椎音愛梨をもとにした、データの残滓である姫君。しかし、彼女には、吉乃美羅のデータも含まれている」

「はい。美羅様は、決して椎音愛梨の紛い物などではありません。その証拠に、私達はかって、美羅様のご加護によって、神のごとき力ーー明晰夢を授かりました」


信也の言葉に、かなめは祈りを捧げるように指を絡ませた。


「美羅様は生きている。一毅の遺言どおりにな」

「一毅お兄様の念願は果たされたのですね」


賢の発言に、かなめの心には筆舌にしがたい感情が沸き上がった。

一毅と美羅が死んだ時の記憶は未だ、残酷なほど鮮明だ。

彼らの死にもっとも嘆き悲しんだのは、かなめがお慕いしていた賢だった。


「しかし、五人揃う日はもうこない」


賢は悔やむように懺悔を口する。

五人の関係を崩壊させた忌まわしき事故が、まるで昨日のことのように追憶された。


「何故、だ……」

「一毅、美羅、しっかりしろ!」

「そんな……」


あの日、賢達の慟哭にも似た叫び声が轟いた。

悲痛な声は、夜空に吸い込まれて消える。

彼らの死亡原因は、ワゴン車に乗って研究室へと赴いていた際、車同士の衝突事故に巻き込まれたことだった。

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