時は、望が目覚める前ーー紘が愛梨を連れて『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドに戻った頃に遡る。
「愛梨……」
「お兄、ちゃん」
ベッドに下ろされた愛梨は、何かに怯えるようにして俯いていた。
不安そうに揺れる瞳は儚げで、震えを抑えるように胸に手を添える姿はいじらしかった。
望ならまず見せない気弱な姿に、紘は優しく微笑んだ。
「愛梨、もう大丈夫だ」
「お兄ちゃん、わ、私ーー」
愛梨のその声音は弱々しく、あまりにも脆い。
まるで、ここに存在していること自体に恐怖しているようだ。
紘はふっと悟ったような表情を浮かべて、愛梨のもとに歩み寄ると膝をついて語りかけた。
「愛梨は生きている。もう怯える必要はない。これからはずっと一緒だ」
「……うん」
紘の懇願に、愛梨は噛みしめるようにそう答える。
ただ、今は、濁流みたいに押し寄せてくる感情に耐えるだけで精一杯だった。
「紘。愛梨、本当に目を覚ましたのか?」
「ーーーーーーっ!」
唐突に響いた少年の声とドアが開く音に、愛梨は声にならない悲鳴を上げる。
「よお、愛梨!」
「…………っ」
少年の気楽な振る舞いに、愛梨は怯えたように紘の背後に隠れた。
「そうやってすぐ隠れるところは、生き返っても変わっていないな」
「徹。愛梨を驚かせるな」
少年がそう労うと、紘は不服そうに眉をひそめる。
少年の名は、鶫原徹。
『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドの一員であり、現実でも紘達の友人だ。
愛梨は顔を上げると、躊躇うように口を開いた。
「……ねえ、お兄ちゃんは、私がここにいても、良いと思う?」
「当たり前だ」
紘の即座の切り返しに、愛梨は初めて柔らかく微笑んだ。
「俺もそう思うぞ!」
「……う、うん」
徹がここぞとばかりに口を挟むと、愛梨は掠れた声でつぶやいた。
「徹、何しに来た?」
「おっ、そうだった」
紘の指摘に、徹は持っていた星の髪飾りを差し出す。
「……あっ」
小さく声を漏らし、愛梨は星の髪飾りを見つめた。
「愛梨に似合うかなと思って買ってきたんだ。ほ、ほら、退院祝い、いや、生還祝いだな」
上擦った徹のその声が聞こえていないのか。
愛梨は星の髪飾りに目を落としたまま、愛おしそうに触れている。
「綺麗……」
愛梨はしばらく星の髪飾りを見つめーーやがて優しい手つきで髪に付ける。
「似合うな」
「……うん」
紘の称賛に、愛梨は花が綻ぶように無垢な笑顔を浮かべた。
「紘様。愛梨様が目覚めたことにより、『創世のアクリア』からログアウトできるようになりました。運営から、今回の件についての通達が届いております」
「分かった」
『アルティメット・ハーヴェスト』のメンバーからの知らせに、紘は表情を引き締める。
「愛梨、すぐに戻る。そして徹、愛梨を泣かせるな」
「……うん」
「何で泣かせること前提なんだ!?」
紘の言葉に、愛梨が小さく頷き、徹は不満そうに言い返した。
部屋を出て、階段を降りた紘は早速、運営側とコンタクトを取る。
『仰せのとおり、『帰還不能状態』は既に解除されています。今回の現象については、プレイヤー側にはシステム上の不具合として説明させて頂きました』
「首尾は上々だった」
『ありがとうございます』
運営側と密談を行っていた紘は、上の階にいる愛しい妹に想いを馳せた。
原因不明の帰還不能状態。
それは紘達、『アルティメット・ハーヴェスト』によって仕組まれたものだった。
望が持つ『魂分配(ソウル・シェア)のスキル』を、亡くなった愛梨に使わせるためにーー。
紘は通信を切り、控えていたメンバー達の方を振り向くと、神妙な面持ちで話し始めた。
「私はこれから愛梨とともにログアウトして、亡くなったはずの愛梨の環境がどう変わっているのか、確かめてくる。分かっているとは思うが、今回のことは他言無用だ。あくまでも、運営側のミスとして扱うように」
「かしこまりました」
紘の指示に、『アルティメット・ハーヴェスト』のメンバー達は丁重に一礼すると、速やかにその場を後にしたのだった。
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