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留菜マナ
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第百三十話 消えないで、愛の灯⑦

公開日時: 2021年1月26日(火) 16:30
文字数:1,928

賢達の思惑が渦巻いている中、望達は小鳥の家へと向かっていた。


「ここが、愛梨ちゃん達の住む街なんだね」


列車を乗り継いで、目的地の街にたどり着いた花音は、感慨深げに周りを見渡しながらつぶやいた。


「ああ」


花音の言葉に、望は頷き、こともなげに言う。

予想されていた美羅の熱狂的な信者達による妨害はなく、不可思議な沈黙だけが下りる。


「望くん、お兄ちゃん、奏良くん。この街でも、みんな、美羅ちゃんに祈りを捧げているよ」

「そうだな」


花音の言うとおり、行き交う人々は時折、美羅に対して祈りを捧げるだけで、特殊スキルの使い手である望を気に留めることはなかった。

しかし、望の心中には、花音が感じたものとは全く異なる緊張が走る。


愛梨のデータの集合体である美羅。

美羅と同化したリノア。

仮想世界で起こった出来事がよもや、現実の驚異としてこの身に降りかかってくるとは思わなかった。

少なくとも、美羅と同化したリノアの身は、安全とは言い難いだろう。


「それにしても、吉乃美羅か。『創世のアクリア』のプロトタイプ版の開発者の一人。そして、『レギオン』のギルドマスターと同じ名前の人だ」


ふと沸いた疑問は、望の胸をざわつかせた。

複雑な心境を抱いたまま、望は携帯端末を操作して『創世のアクリア』のプロトタイプ版の詳細を改めて見る。

『レギオン』と『カーラ』が崇め敬う、『美羅』と同じ名前の女性。

やはり、偶然にしては出来すぎている気がした。


「……なるほど」


奏良は一拍置いて動揺を抑えると、望が口にした言葉を改めて、脳内で咀嚼した。


「『レギオン』は、愛梨のデータの集合体ーー美羅をギルドマスターとして讃えている。開発者の一人と同じ名前。偶然にしては出来すぎているな」

「ああ。『カーラ』は、『レギオン』の傘下だ。恐らく、『レギオン』も、何らかのかたちでプロトタイプ版の開発に関わっているのだろう」


奏良の言及に、有は落ち着いた口調で答える。


「でも、お兄ちゃん。『レギオン』と『カーラ』の人達は、警察署にいるんじゃないのかな? もしかして、美羅ちゃんの騒ぎに乗じて、留置所から出してもらえたの?」

「その通りだ、妹よ。だからこそ、小鳥の家に赴く必要がある。『レギオン』と『カーラ』の者達が、自由の身になったことで、『創世のアクリア』のプロトタイプ版に関しての追及がしやすくなったのだからな」


花音が声高に疑問を口にすると、ネット情報を散見していた有は意味ありげに表情を緩ませた。


「愛梨の様子を聞きに行くと同時に、『創世のアクリア』のプロトタイプ版に関してのことを尋ねるんだな」

「まあ、そちらが本命だろうな」


小鳥の家に赴く真意に触れて、望と奏良は納得したように頷いてみせる。


「椎音紘の特殊スキルの影響下にある小鳥が真相を語らない可能性はあるが、それでも赴く価値はあるだろう」

「すごーい! さすが、ギルドマスターのお兄ちゃんだね!」


有の思慮深さに、花音は両手を広げて歓喜の声を上げた。


「よし、望、奏良、妹よ、行くぞ! 小鳥の家へ!」

「ああ」

「うん!」


有の決意表明に、望と花音が嬉しそうに言う。

望達は街の雑踏をかき分けて、小鳥の家へと足を運ぶ。

やがて、密集するように家が立ち並ぶ住宅街から、次第に桜の木と欄干に挟まれた遊歩道の道筋が広がる長閑な景色へと移り変わる。

木々生い茂る噴水広場の周りを、魚達の群れがゆったりと泳いでいた。


「素敵な街並みだね」


風光明媚な景色に、花音はぱあっと顔を輝かせる。


「愛梨の時に、よくこの道を通って通学したな」


望が感慨にふけていると、奏良は思案するように遊歩道へと視線を巡らせた。


「僕の高校も、この近くだ」

「そうなんだね」


右手をかざした花音は、爛々とした瞳で周囲を見渡した。


「奏良くんの高校、そして、愛梨ちゃんが通う中学校、いつか見てみたい!」

「花音、ありがとうな」


両手を握りしめて意気込む花音に熱い心意気を感じて、望は少し照れたように頬を撫でてみせる。

だが、遊歩道を歩き始めて数分後、花音は想定外の出来事に遭遇して悲鳴を上げた。


「うーん。そろそろ、小鳥ちゃんの家が見えてくるかな?」

「望くん、有くん、花音さん、奏良くん!」

「わっ! 誰?」


花音が周囲を探っていると、背後から天真爛漫な少女の声が聞こえてきたからだ。

声がした方向に振り向くと、少しばかり離れた道沿いで、ポニーテールの少女が、望達の姿を見とめて何気なく手を振っている。

望達の元へと駆けよってきた少女が、柔らかな笑顔で言った。


「望くん、初めまして。とは言っても、愛梨としては、いつも会っているけれどね」

「……ああ」


少女が気兼ねなく挨拶すると、望は戸惑いながらも応える。

望達の目の前で、満面の笑顔で笑う少女。

彼女は、愛梨の友人、木花小鳥だった。

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