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留菜マナ
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第三百四十一話 此処はサンクチュアリ⑧

公開日時: 2022年5月13日(金) 16:30
文字数:1,343

冒険者ギルドの何処かに信也が潜んでいる。

その事実は、一瞬にして周囲の空気を硬化させた。


「ねえ、お兄ちゃん。吉乃信也さんは私達が冒険者ギルドに訪れた事に気づいているのかな?」

「恐らくな」


それぞれが戦いに意識を高める中、花音は具体的な提案を口にする。


「だったら闇雲に探すより、吉乃信也さんを誘き寄せたらどうかな?」


花音はさも名案を思いついたという顔で有に振り返った。


「なるほど、妹よ、一理あるな」


有は顎に手を当てると、花音の発想に着目する。


「誘き寄せるか。吉乃信也さんは既に、俺達がここに来ている事を知っている。敢えて、それを利用するんだな」

「誘き寄せる。吉乃信也さんは既に、私達がここに来ている事を知っている。敢えて、それを利用するのね」

「まあ、その方が確実だろうな」


花音の真意に触れて、望とリノア、そして奏良は納得したように頷いてみせた。

望達は作戦の全貌を『アルティメット・ハーヴェスト』に託して、冒険者ギルドの奥へと足を運ぶ。


「冒険者ギルドか。ここで望達と出会わなかったら、リノアの元に戻す方法を見出だす事が出来なかったんだよな」


勇太は望達と再会した時の出来事を思い浮かべる。

そして、視界に入ったクエスト内容を確認した。


『創世のアクリア』のプロトタイプ版にログインできるようになった時、勇太達は死物狂いでリノアを救う方法を探した。

だが、その日は見つけることが出来ず、彼らは後ろ髪を引かれる思いで現実世界へと戻ることになる。

リノアを守る体裁を保つため、勇太達はその後も必死に情報を集めた。

だが、何一つ手がかりになりそうなものは見つからない。

理想と現実の落差を、その度に一筋の希望で埋めねばならなくなる。

勇太の脳裏で、かってのリノアの声が反芻される。


『勇太くん』


大輪の向日葵のような、思わず目を奪われるリノアの笑顔。

幼い頃の勇太は、毎日が楽しくて仕方がなかった。日々、大好きな幼なじみの女の子と遊んで、家に帰れば優しい笑顔で家族が迎え入れてくれる。

そんな当たり前の幸せな日々。

だが、リノアが眠った状態になってしまったことで、そんな日々は失われてしまった。

仮想世界だけではなく、現実世界にまで影響を及ぼしてくる高位ギルド。

自分達には、手に余る事柄だ。

考えるだけで気が重くなってくる。


リノアを救う方法が分からない。


答えが出せないまま、勇太の脳裏には、リノアへの様々な思いが去来する。


このまま、何も手がかりは見つからないのではないだろうか。


勇太が内心でそう思っていた矢先、転機が訪れた。

ギルドの入口が賑わい、新たな人々の到来を告げていた。

手がかりを探していた勇太はギルドの入口へと視線を走らせる。

そこには、『朽ち果てた黄昏の塔、パラディアム』に挑んだ際、リノアの側にいた望の姿があった。


「あの時の!」


勇太は期待に表情を綻ばせながら、望達のもとへと駆け出していった。

あの出会いがなかったら、きっと自分達の立ち振る舞いは一向に変わる事はなかったはずだ。

今も五大都市を巡り、リノアを元に戻す方法を必死に探していただろう。


「先生……いや、吉乃信也とはここで決着をつけてみせる!」


ソロプレイヤーの時は、ただ闇雲に突っ走るだけだった。

だが、有達のギルド『キャスケット』に加入した事で、勇太の視界は広がった。

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