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留菜マナ
留菜マナ

第四話 憧憬④

公開日時: 2020年10月27日(火) 16:00
文字数:1,576

「望くん!」


その場に崩れ落ちた望を見て、『アルティメット・ハーヴェスト』のメンバー達の拘束から解放された花音は悲痛な声を上げる。

望はーーぐったりしたまま、微動だにしない。


「……っ」


代わりに、愛梨の喘ぐような声が聞こえてきた。

寝覚めたばかりのように薄く目を開けている。


「……愛梨」

「……お兄、ちゃん」


紘の言葉に返ってきたのは、透き通るような小さな声。

触れただけで溶けてしまいそうな、雪を彷彿させる繊細な声だった。


「目的は果たした。ギルドに戻る」

「はっ」


紘の言葉に、『アルティメット・ハーヴェスト』のメンバー達はそう答えると丁重に一礼する。 

立ち去ろうとする紘の背中に向かって、花音は咄嗟に声をかけた。


「ねえ……。望くんに何をしたの?」

「彼に、魂分配(ソウル・シェア)のスキルを使ってもらっただけだ」


紘のその反応に、花音の背筋に冷たいものが走る。

意味は分かるのに、意味を成さない言葉。

花音は意を決したように、先程と同じーーだけど、別の言葉を口にした。


「望くんはどうなったの?」

「特殊スキルは、仮想世界のみならず、現実世界をも干渉する力だ。魂を分け与えたことで、愛梨としての意識がある間は、彼が目を覚ますことはない」


長い沈黙を挟んだ後で、紘は淡々と答える。

冷酷な事実に、花音は思わず感情を爆発させた。


「望くんをもとに戻して! もとに戻してよ!」

「なら、私達を止めてみるがいい。平等に、彼と彼女を取り合おう」


微笑とともに決然とした言葉を残して、紘は愛梨を抱きかかえるとその場から姿を消した。






「お兄ちゃん、望くん!」


紘とともに、『アルティメット・ハーヴェスト』のメンバー達が立ち去った後、花音は必死になって二人に呼びかけた。

思考がまるで追いつかない。

『ログアウト出来るようになるアイテム』を生成するために、初心者用ダンジョンに訪れたこと。

そこで紘達、『アルティメット・ハーヴェスト』による奇襲を受けたこと。

そして、望が使うことができる特殊スキルーー魂分配(ソウル・シェア)。

どれもあまりに突然過ぎて、現実感がまるでなかった。


「お兄ちゃん、望くん」


泣き出しそうに歪んだ花音の顔には、はっきりと絶望の色が浮かんでいた。


「私、これからどうしたらーー」


涙を浮かべた花音が、さらに疑問を口にしようとした瞬間ーー


「…………何もしなくていいぞ」


響き渡ったその声に、花音は大きく目を見開いた。


「心配するな、妹よ。俺は生きている」

「……お兄ちゃん!」


先程、使った回復アイテムの効果によって、かろうじて立ち上がった有を見て、花音は顔を輝かせる。


「妹よ、助かった」

「うん、お兄ちゃんが作った回復アイテムだもん。効果覿面だよ」


有の感謝の言葉に、涙を拭いた花音は人懐っこそうな笑みを浮かべて答えた。


「でも、お兄ちゃん。望くん、大丈夫かな?」

「とにかく、ギルドに戻るしかないな」


花音の戸惑いに、有は思案するように視線を巡らせる。


「心配するな、妹よ。望がこの程度で倒れるわけがない」

「……うん。私、望くんを信じる」


どこまでも熱く語る有をちらりと見て、花音は今も眠り続けている望の手を取り、微かに頷いた。

 

『なら、私達を止めてみるがいい。平等に、彼と彼女を取り合おう』


だが、最後に聞こえてきたその紘の言葉は、花音の耳にいつまでもこびりついていて、ギルドに戻っても消えることはなかった。






所は湖畔の街、マスカット。

地平線まで続く金色の麦畑を風が撫でていく。

のぞかな田園の真ん中を貫く道の奥に、有達のギルド『キャスケット』はあった。


「望くん……」


一夜明けても、望は一向に目を覚まさなかった。

ベッドに眠り続ける望の傍らで、花音は祈るようにつぶやいた。


「望くん、大丈夫だよね……」


花音の訴えに、望の返事は返ってこない。

不意に、花音は初めて、三人で『創世のアクリア』の世界へログインした日のことを思い出していた。

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