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留菜マナ
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第百ニ十七話 消えないで、愛の灯④

公開日時: 2021年1月23日(土) 16:30
文字数:1,789

望達が、小鳥の家に向かった頃ーー。


「美羅様!」

「美羅様に会わせてくれ!」


リノアが入院している病院の前は、熱狂的な美羅の信者達によって溢れ返っていた。


「リノア……」


聴衆が未だ熱狂覚めやらぬ中、勇太は今も眠り続けているリノアの看護をしていた。

警察の事情聴取を終えたリノアの両親は、救世の女神である美羅ーーリノアを一目見ようとする訪問者達を必死に引き留めている。

美羅の信者ーーそれは、この病院の医者や看護師達もだ。


「ああ……。美羅様を診察することができるなんて素晴らしい……」

「美羅様の目覚める瞬間に立ち会いたいわ」


リノアの診察を終えた医者と看護師達が揃って、美羅を敬い崇めている。

その様子を辛辣そうな表情で見送ると、リノアの両親は勇太に向き直った。


「勇太くん。いつも、リノアのお見舞いに来てくれてありがとう」

「……ああ」


リノアの父親の感謝の言葉を聞きながら、勇太はリノアがこうなってしまった理由に固執する。


高位ギルド、『レギオン』。


リノアとリノアの両親が所属していたギルドであり、特殊スキルの使い手の一人を元にしたデータの集合体ーー美羅をギルドマスターとして讃えている危険なギルドだ。

美羅と同化したことで、リノアは現実世界に戻ってきても目を覚ますことはなく、眠り続けている。


押し寄せる不安の中、勇太が確信したのは、このまま手をこまねいていては、もう二度と以前の彼女に会えなくなってしまうということだった。

その疑念を払拭するため、勇太は必死に訴え続けた。


「リノア、ごめん。あの時、酷い言葉を言ってごめんな」


勇太の悲痛な謝罪に、リノアの返事は返ってこない。

先程と変わらず、眠り続けているだけだ。

不意に、勇太はあの日、リノアと最後に交わした会話を思い出していた。


『リノアの顔なんて、もう見たくない! どっか行けよ!』


あの日、勇太の口から勢いに任せたような、酷い言葉が衝いて出てしまった。

明らかな拒絶の言葉に、リノアは顔色を変える。


『うん、どっか行くね』


教科書を開いたリノアは昏い瞳を伴い、虚ろな笑みを浮かべて答えた。

そして、その後、リノアが告げた予想外な発言の数々。


私は、美羅様の器に選ばれたーー。


その言葉の意味が理解できなかった勇太の気持ちに応えるように、リノアはこう続ける。


『ねえ、勇太くんは何か望みはある? 私の望みは、美羅様になることなの』


賢が求めた理想を体現しようとするリノアの姿が、勇太の心に今も大きく響いている。


『私は、明日から美羅様に生まれ変わるの』


その言葉どおり、今までのリノアは、勇太の前から姿を消してしまった。

リノアと美羅による、同化の儀式。

仮想世界で起こった出来事がよもや、現実の驚異としてこの身に降りかかるとは思わなかった。


リノア達が『レギオン』から脱退しても、現実世界に戻ってきても、一向に状況は良くならなかった。

『レギオン』のギルドマスターの参謀、手嶋賢。

恐らく、あいつも、それが分かっていたからこそ、リノア達を脱退させたのだろう。

リノア達を『レギオン』から脱退させることで、何かを目論んでいるかもしれないな。

甘美な提案の裏には、何かしらの思惑が窺えた。


リノアを救う方法が分からない。


答えが出せないまま、勇太の脳裏には、リノアへの様々な思いが去来した。


「俺のーー俺達の望みは、おまえが目を覚ますことだ」

「リノア……」


勇太の悲痛な願いに、病室のドアを閉めたリノアの父親は蚊が鳴くような声でつぶやいて、自分の袖を強く握りしめる。


リノアと美羅様の『同化の儀式』。

それは、眼前で起こった悲劇だ。

だが、自分達は洗脳されていたとはいえ、それを喜んで受け容れてしまった。

歪で不可解な現象。

あの時のように、まるで魂を直接、触られているような不快感が二人を襲う。


「リノア……。うぅ、うぁぁ……。あぁぁぁぁぁっ!」


堪えようとしても堪えきれない声が、リノアの母親の口から突いて溢れた。

リノアに抱きついた彼女の身体が小刻みに震えている。

リノアの母親は嗚咽を漏らし、涙を止め処もなく流していた。

しかし、勇太達の願いは届かない。

そう思われたその時、勇太達の願いに呼応するように、彼らの持つ携帯端末が光を放つ。


「……これって!」


勇太は携帯端末を横にかざし、視界に浮かんだゲームアプリを指で触れて表示させる。

そこには、『創世のアクリア』のプロトタイプ版のアプリが、新たにインストールされていた。

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