「アクアスライム!」
隼の指示に、アクアスライムは今度は愛梨へと姿を変える。
そして、隼はナイフを取り出し、構えた。
「蜜風望、そして椎音愛梨。美羅様の完全な覚醒のために、おまえ達を頂く」
「望くんと愛梨ちゃんは渡さないよ! 望くんと愛梨ちゃんは、私達の大切な仲間だもの!」
隼の誘いを、花音は眦(まなじり)を吊り上げて強く強く否定する。
「ああ。望と愛梨は、俺達の大切な友人で仲間だ。他のギルドに渡すわけにはいかない」
「愛梨を守ることが僕の役目だ」
強い言葉で遮った花音の言葉を追随するように、有と奏良は毅然と言い切った。
「マスターと愛梨様を、あなた方に渡すわけにはいきません!」
「そんなことさせるかよ!」
プラネットと徹も、隼の申し出を拒む。
望はそんな有達に苦笑すると、ため息とともにこう切り出した。
「悪いけれど、俺は協力するつもりはない」
「ならば、無理やりにでも協力してもらおう」
望達の否定的な意見を、隼は予測していたように作業じみたため息を吐く。
「望くんと愛梨ちゃんに手出しはさせないよ!」
咄嗟に花音は、隼へと鞭を振るおうとしたが、予期しない人物に行く手を阻まれた。
それは、愛梨の偽物。
彼女は隼を守るように、両手を広げて立っていた。
「花音、やめて」
「ーーっ! 愛梨ちゃん!」
鞭を振り下ろそうとしていた花音は、慌てて急制動をかける。
「こざかしい真似を」
奏良は苛立たしげに銃を取り出し、銃口を偽物の愛梨に向けた。
「……奏良くん」
「ーーっ」
だが、悲しみに包まれた偽物の愛梨の表情が、奏良の動揺に拍車をかける。
愛梨の偽物。
その事実が分かっていても、奏良は一向に引き金を引けなかった。
「有様。この空間は、『カーラ』のギルドホームに向かっているみたいです。予定どおりに、事が運んでいるのは敵も同じということですね」
「その通りだ、プラネットよ。しかし、『カーラ』の思惑どおりに、事が進んでいるのは癪(しゃく)だな」
プラネットが口にした言葉に、戦局を見据えた有は不満そうに同意する。
「愛梨に姿を変えるなんて厄介だな」
アクアスライムが愛梨に姿を変えた事情を察して、徹は忌々しそうに表情を歪めた。
「どうしたらーー」
望がそうつぶやきかけた瞬間だった。
望の想いに応えるように、蒼の剣からまばゆい光が収束する。
「これは……!」
望が剣を掲げた途端、蒼の剣による、水の魔術の付与効果が発動した。
蒼の剣から溢れ出した、水の魔術の奔流が空間を席巻する。
「ーーっ」
突如、立ち上った水流に、偽物の愛梨の動きが止まり、やがて苦しそうな表情を浮かべた。
偽物の愛梨の姿が少しずつ変化していき、元のアクアスライムの姿へと戻る。
どうやら、蒼の剣には、変幻を元に戻す効果があるようだ。
「まさか、アクアスライムの変幻を解くとはな。恐れ入った」
「ーーっ!」
隼の鋭い視線が、望を射貫くと同時に二本のナイフが放たれる。
弾丸のような速度で迫ってきたその攻撃を前にして、望は軌道を捉え、蒼の剣で全てのナイフを弾いた。
「蜜風望。特殊スキルを使わずとも、手強い相手のようだな」
隼は不愉快そうに、懐から新たなナイフを取り出した。
望達と隼達。
『カーラ』のギルドホームに赴くという目的は、互いに同じだった。
だが、その意味合いはまるで違う。
望達は、クエストを破棄させるためにーー。
そして、隼達は望達を捕らえて、美羅の真なる覚醒を促すためにーー。
交錯する視線。
それぞれの武器を構えた望達と隼達が対峙する。
隠しようもない戦意と敵意。
痛いような膠着状態はーー
「ーーっ」
望達のいる空間が、どこかに降り立ったことで霧散した。
「さて、『カーラ』のギルドホームに着いたようだ」
「……っ」
蒼の剣を構えた望を見据えて、隼が冷たく言い放つ。
その言葉を合図に、大人数の『カーラ』のギルドメンバー達が次々とこの空間に現れた。
全員が白いフードを身につけ、それぞれの武器を望達に突きつけてくる。
「蜜風望、一緒にかなめ様のもとに来てもらおう」
「くっ……」
無感情な隼の声が、望達の耳朶(じだ)に否応なく突き刺さったのだった。
「望くん、大丈夫だよね」
花音は途方にくれたようにつぶやくと、牢屋の外をじっと眺める。
既に、望達が囚われてから一時間が過ぎていた。
牢屋の窓から射し込む日差しは、普段より眩しく思えた。
「うーん。窓から出られそうだよ」
背伸びをした影響で、花音の赤みがかかった長い髪が大きく揺れる。
「ねえ、奏良くんの風の魔術で飛んでいったら、外に出られないかな?」
「……ふん」
花音が率直な疑問を述べると、奏良は不満そうに目を逸らした。
「それで何とかなるのなら、苦労していない。そもそも、この牢屋には結界が張られていて、外に出ることはできないんだ」
「もう、奏良くん! 愛梨ちゃんのために、脱出、頑張ろうよ!」
「……花音。何故、そこで愛梨の名前を出すんだ?」
花音のどこか確かめるような物言いに、奏良は不快そうに顔を歪める。
「ここまでは、予定どおりだ。このまま、紘の指示どおりに動くしかないな」
「徹様、電磁波の発信源の特定、お任せ下さい」
徹の方針に、プラネットは誇らしげに恭しく頭を下げる。
プラネットは、『レギオン』と『カーラ』による電磁波の妨害がないかを探っていた。
ニコット達が出している電磁波の発信源を特定することで、望の居場所が分かるかもしれない、と考えたのだ。
「心配するな、妹よ。望なら、大丈夫だろう。正直、椎音紘の思い通りに、事が進むのは釈然としないが、望達を守るためだ」
「……うん」
有の気遣いを聞いても、花音の表情には明白な悄然と焦燥が滲んだままだった。
発信源を特定するまでは、花音達は何もできない。
なす術もなく、ただ過ぎていく時間を甘受することは実に辛い。
ましてや、それが囚われの身であるならば、尚更に焦燥感だけが募る。
「望くん、大丈夫だよね……」
花音の訴えに、望の返事は返ってこない。
牢屋の周りは、どこまでも静謐さだけが漂っていた。
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