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留菜マナ
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第七十六話 太陽の祠②

公開日時: 2020年12月9日(水) 16:30
文字数:2,411

「アクアスライム!」


隼の指示に、アクアスライムは今度は愛梨へと姿を変える。

そして、隼はナイフを取り出し、構えた。


「蜜風望、そして椎音愛梨。美羅様の完全な覚醒のために、おまえ達を頂く」

「望くんと愛梨ちゃんは渡さないよ! 望くんと愛梨ちゃんは、私達の大切な仲間だもの!」


隼の誘いを、花音は眦(まなじり)を吊り上げて強く強く否定する。


「ああ。望と愛梨は、俺達の大切な友人で仲間だ。他のギルドに渡すわけにはいかない」

「愛梨を守ることが僕の役目だ」


強い言葉で遮った花音の言葉を追随するように、有と奏良は毅然と言い切った。


「マスターと愛梨様を、あなた方に渡すわけにはいきません!」

「そんなことさせるかよ!」


プラネットと徹も、隼の申し出を拒む。

望はそんな有達に苦笑すると、ため息とともにこう切り出した。


「悪いけれど、俺は協力するつもりはない」

「ならば、無理やりにでも協力してもらおう」


望達の否定的な意見を、隼は予測していたように作業じみたため息を吐く。


「望くんと愛梨ちゃんに手出しはさせないよ!」


咄嗟に花音は、隼へと鞭を振るおうとしたが、予期しない人物に行く手を阻まれた。

それは、愛梨の偽物。

彼女は隼を守るように、両手を広げて立っていた。


「花音、やめて」

「ーーっ! 愛梨ちゃん!」


鞭を振り下ろそうとしていた花音は、慌てて急制動をかける。


「こざかしい真似を」


奏良は苛立たしげに銃を取り出し、銃口を偽物の愛梨に向けた。


「……奏良くん」

「ーーっ」


だが、悲しみに包まれた偽物の愛梨の表情が、奏良の動揺に拍車をかける。

愛梨の偽物。

その事実が分かっていても、奏良は一向に引き金を引けなかった。


「有様。この空間は、『カーラ』のギルドホームに向かっているみたいです。予定どおりに、事が運んでいるのは敵も同じということですね」

「その通りだ、プラネットよ。しかし、『カーラ』の思惑どおりに、事が進んでいるのは癪(しゃく)だな」


プラネットが口にした言葉に、戦局を見据えた有は不満そうに同意する。


「愛梨に姿を変えるなんて厄介だな」


アクアスライムが愛梨に姿を変えた事情を察して、徹は忌々しそうに表情を歪めた。


「どうしたらーー」


望がそうつぶやきかけた瞬間だった。

望の想いに応えるように、蒼の剣からまばゆい光が収束する。


「これは……!」


望が剣を掲げた途端、蒼の剣による、水の魔術の付与効果が発動した。

蒼の剣から溢れ出した、水の魔術の奔流が空間を席巻する。


「ーーっ」


突如、立ち上った水流に、偽物の愛梨の動きが止まり、やがて苦しそうな表情を浮かべた。

偽物の愛梨の姿が少しずつ変化していき、元のアクアスライムの姿へと戻る。

どうやら、蒼の剣には、変幻を元に戻す効果があるようだ。


「まさか、アクアスライムの変幻を解くとはな。恐れ入った」

「ーーっ!」


隼の鋭い視線が、望を射貫くと同時に二本のナイフが放たれる。

弾丸のような速度で迫ってきたその攻撃を前にして、望は軌道を捉え、蒼の剣で全てのナイフを弾いた。


「蜜風望。特殊スキルを使わずとも、手強い相手のようだな」


隼は不愉快そうに、懐から新たなナイフを取り出した。


望達と隼達。

『カーラ』のギルドホームに赴くという目的は、互いに同じだった。

だが、その意味合いはまるで違う。

望達は、クエストを破棄させるためにーー。

そして、隼達は望達を捕らえて、美羅の真なる覚醒を促すためにーー。


交錯する視線。

それぞれの武器を構えた望達と隼達が対峙する。

隠しようもない戦意と敵意。

痛いような膠着状態はーー


「ーーっ」


望達のいる空間が、どこかに降り立ったことで霧散した。


「さて、『カーラ』のギルドホームに着いたようだ」

「……っ」


蒼の剣を構えた望を見据えて、隼が冷たく言い放つ。

その言葉を合図に、大人数の『カーラ』のギルドメンバー達が次々とこの空間に現れた。

全員が白いフードを身につけ、それぞれの武器を望達に突きつけてくる。


「蜜風望、一緒にかなめ様のもとに来てもらおう」

「くっ……」


無感情な隼の声が、望達の耳朶(じだ)に否応なく突き刺さったのだった。






「望くん、大丈夫だよね」


花音は途方にくれたようにつぶやくと、牢屋の外をじっと眺める。

既に、望達が囚われてから一時間が過ぎていた。

牢屋の窓から射し込む日差しは、普段より眩しく思えた。


「うーん。窓から出られそうだよ」


背伸びをした影響で、花音の赤みがかかった長い髪が大きく揺れる。


「ねえ、奏良くんの風の魔術で飛んでいったら、外に出られないかな?」

「……ふん」


花音が率直な疑問を述べると、奏良は不満そうに目を逸らした。


「それで何とかなるのなら、苦労していない。そもそも、この牢屋には結界が張られていて、外に出ることはできないんだ」

「もう、奏良くん! 愛梨ちゃんのために、脱出、頑張ろうよ!」

「……花音。何故、そこで愛梨の名前を出すんだ?」


花音のどこか確かめるような物言いに、奏良は不快そうに顔を歪める。


「ここまでは、予定どおりだ。このまま、紘の指示どおりに動くしかないな」

「徹様、電磁波の発信源の特定、お任せ下さい」


徹の方針に、プラネットは誇らしげに恭しく頭を下げる。

プラネットは、『レギオン』と『カーラ』による電磁波の妨害がないかを探っていた。

ニコット達が出している電磁波の発信源を特定することで、望の居場所が分かるかもしれない、と考えたのだ。


「心配するな、妹よ。望なら、大丈夫だろう。正直、椎音紘の思い通りに、事が進むのは釈然としないが、望達を守るためだ」

「……うん」


有の気遣いを聞いても、花音の表情には明白な悄然と焦燥が滲んだままだった。

発信源を特定するまでは、花音達は何もできない。

なす術もなく、ただ過ぎていく時間を甘受することは実に辛い。

ましてや、それが囚われの身であるならば、尚更に焦燥感だけが募る。


「望くん、大丈夫だよね……」


花音の訴えに、望の返事は返ってこない。

牢屋の周りは、どこまでも静謐さだけが漂っていた。

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