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留菜マナ
留菜マナ

第四十二話 星空のプラネット⑦

公開日時: 2020年11月22日(日) 16:30
文字数:2,181

「あの子も、NPCなのか?」

「いいなー。ケモミミを生やすの、ポイント消費、多いから、なかなかできないんだよね」

「もう、しつこいですね」


望と花音のつぶやきも虚しく、少女は息を切らしながら、必死に呼吸を整えていた。

どうやら、自律型AIを持つNPCとはいえ、機械人形型のNPCだったニコットと違って、感情表現豊かな少女のようである。


「お嬢ちゃん、もう逃げられないぞ」


少女が入ってきて、幾何(いくばく)もしないうちに数人のプレイヤーが宿屋を訪れた。

口の端を曲げて、巨漢の男が進み出る。


「俺達の仲間になれ」

「断ります!」


男の申し出を、少女は憔悴しきった顔で睨みつけた。


「私のマスターは、私自身が決めます!」

「NPCの分際で、生意気言っているんじゃねえ!」


即座の切り返しに、怒りの形相をした男が恫喝する。


「お客様。宿屋内は、絶対不可侵のエリアです。揉め事は困ります」

「うるせえ!」


NPCの店員の注意勧告に、男は聞く耳を持たない。

怒りに身を任せて、男は足裏を爆発させた。

スキルを使って、瞬く間に急接近。

天賦のスキル。

それは、自身の武器が持つ特性を最大限に生かして、技を放つスキルだ。


「危ない!」


完全に虚を突いたはずの攻撃を前にして、少女の前に出た望は完璧に対応してみせた。

男が叩き込んできた豪快な斧の一撃を流れるような動きでいなすと、望は追撃とばかりに剣を振り上げる。


「なっーー」


それだけで、男の身体は大きく吹き飛び、HPが一気に減った。

頭に浮かぶ青色のゲージは、半分に変化する。

スキルを使っていない相手によって、自分のスキルを止められた。

その事実は、彼の自尊心を貫いた。


「てめえ、邪魔するな!」

「ーーっ」


男の斧が振り上げられ、何度も望を襲うが、一撃も当たることもなく、避けられてしまう。


「何故、当たらないーーっ!」

「望くんに手出しはさせないよ!」


花音は鞭を伸ばすと、割って入ろうとした男の仲間の腕を絡み取り、バランスを大きく崩させる。


「ーーくっ!」

『クロス・レガシィア!』


驚愕に目を見開いた男の仲間達に対して、花音がそのまま、天賦のスキルで間隙を穿つ。


「うわわああああっーーーー!!」


花音の鞭によって、宙に舞った男の仲間達は凄まじい勢いで宿屋の外へと放り投げられた。

頭に浮かぶ青色のゲージは、それだけで瀕死の状態である赤色に変化する。


「大したことないな」

「うわあっ!」


奏良は、迫り来る男の仲間達に合わせて、銃の弾を全方位に連射する。

放たれた弾は、対空砲弾のように相手の攻撃にぶつかり、男の仲間達を怯ませた。


「ひ、怯むな!」

「やれやれ、血気盛んな人達みたいだ」

「そうだね。はいはい、そこまでだよ。『フレイム・アロー』!」


それでも突き進もうとした男の仲間達に向かって、有の父親は矢を放ち、有の母親は炎の珠を浴びせる。


「くそ、おまえら、撤退だ! 覚えてろ!」


劣勢に立たされた男は逃げ出し、男の仲間達も慌てて彼の後を追った。


「口ほどにもない奴らだったな、望、妹よ」

「お兄ちゃんは何もしていなかったと思うよ」

「ああ」


席を立った有がここぞとばかりに告げると、望と花音は呆れたようにため息を吐いた。


「あの、助けてくれてありがとうございます」

「ああ」


少女がおずおずと誠意を伝えてくると、振り返った望は安堵の表情を浮かべる。

少女は、窮地を救ってくれた望に対して熱い心意気を向けた。


「私はギルド未所属の自律型AIを持つNPC、プラネットです。マスターのお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「……はあ? マスターって?」


プラネットの思わぬ言葉に、望は虚を突かれた。


「『マスターは、私自身で見極めてから決めなさい』。ーー以前、仕えていましたマスターからそう告げられて、ここまでやってきました。マスターこそ、私自身が認めるマスターだと感じました」

「そう言われても、意味が分からない」


うっとりと目を輝かせたプラネットの宣言に、望はため息をつきたくなるのを堪える。

望が怒涛の展開に戸惑っていると、有は前に出て切り出した。


「プラネットよ。以前、仕えていたマスターはどうしたんだ?」

「他のギルドメンバーの方と一緒に、ゲームを辞められました」


有の質問に、プラネットは寂しそうに微笑する。


「ゲームを辞めた? ギルドを解散したのか?」

「何か、ゲームを辞める理由があったのかもしれないな」


望の疑問に、腕を組んだ奏良は不愉快そうに有に目配りする。

有はそれに応えるように、インターフェースを操作して、NPCであるプラネットの情報を表示させた。


「望よ。彼女は自律型AIを持つNPCだ。公式リニューアル前に、ギルド未所属になっている。恐らく、ログアウトできない帰還不能状態から解放された後、以前のマスター達は辞めてしまったのだろう」

「……帰還不能状態か」


有から、暗に公式リニューアル前に辞めたと聞かされて、望は悔しそうに言葉を呑み込む。


「ログアウトできない状態。原因は確か、システム上の不具合だったよな」

「ああ。恐らく、以前のマスターのことを運営に問いただしても、プレイヤー間のトラブルには対応出来ないと一点張りだろう。これだけ、多くの帰還不能者と未所属のNPCを出して問題を起こしているというのに、この不手際さ。やはり、納得できんな」

「そうか」


一ヶ月前の忌まわしき出来事が、望にはまるで昨日、起きたことのように追憶された。

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