「望くん……」
儚き過去への回想ーー。
沈みかけた記憶から顔を上げ、現実につぶやいた花音は、改めて望の様子を伺う。
「望くん、大丈夫だよね」
花音は自分に言い聞かせるようにつぶやくと、今も眠り続けている望の寝顔をじっと眺める。
既に、あの出来事から丸一日が過ぎていた。
ギルドの窓から射し込む夕日は、普段より眩しく思えた。
赤みがかかった長い髪が、望の頬を撫でる。
花音の表情には、明白な悄然と焦燥が滲んでいた。
「……っ」
「の、望くん!」
その時、望の掠れた声が聞こえた。
「……花音?」
「望くん、気がついたんだね!」
意識が覚醒する微かな酩酊感は、思いもよらず近くからかけられた花音の声によって一瞬で打ち消される。
「ここは?」
「私達のギルド、『キャスケット』だよ」
目覚めた望は、顔を覗き込むようにして身を乗り出している花音の近さに思わず、瞬きした。
望は身体を起こして一度、ため息を吐くと、安堵の表情を浮かべている花音に尋ねる。
「有は?」
「お兄ちゃんは、今回の件を運営に訴えているの。『アルティメット・ハーヴェスト』が告げたとおり、望くんがスキルを使ったことでログアウトできるようになったから」
「…………そうか。ログアウトできるようになったんだな」
気まずそうな花音の言葉に、望は少し躊躇うように顔を俯かせる。
「あのさ、花音。不思議な夢をしたんだ」
「不思議な夢……?」
「俺が、あの愛梨っていう女の子になっている夢を見たんだ」
望の追体験に、花音は沈痛な表情で考え込む。
「もしかしたら、それは夢じゃないかも」
「夢じゃない?」
「あの人が言っていたの。『なら、私達を止めてみるがいい。平等に、彼と彼女を取り合おう』って」
あの時の紘の言葉を想起させるような状況に、花音は切羽詰まったような声で告げた。
「魂分配(ソウル・シェア)のスキル。つまり、あの時、俺の魂を愛梨に分け与えたんだよな」
花音の話に、望は苦々しい顔で眉をひそめる。
「俺が目覚めている時は、愛梨は眠っている。逆に愛梨が覚醒している時は、俺の意識はないと考えた方がいいのか」
「また、望くん、目を覚まさない状態が起こるの?」
「恐らくな。だけど、愛梨の時は、愛梨としての自覚はあっても、俺としての自覚はないからな」
望の言葉に、花音は思わず心臓が跳ねるのを感じた。
知らず知らずのうちに、拳を強く握りしめてしまう。
「じゃあ、望くんが愛梨ちゃんの時は、私達が話しかけても気づいてもらえないのかな」
赤みがかかった髪を揺らした花音が、顔を俯かせて声を震わせる。
すると、望はそんな彼女の気持ちを汲み取ったのか、頬を撫でながら照れくさそうにぽつりとつぶやいた。
「花音。確かに気づかないかもしれないけれど、気づく努力はするからな」
「……うん。望くん、ありがとう」
顔を上げた花音は、胸のつかえが取れたように微笑む。
望は深呼吸をすると、眠り続けていたせいで重くなった身体をほぐすように両手を伸ばした。
「とにかく、有のところに行こう。ログアウトできなかった理由も知りたいしな」
「うん」
ベッドから立ち上がった望の誘いに、花音は満面の笑顔で頷いた。
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