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留菜マナ
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第三百四十四話 地面を穿たんとばかりに降り注ぐ③

公開日時: 2022年6月3日(金) 16:30
文字数:1,339

『囮か。なら、俺達が冒険者ギルド内で騒ぎを起こしている間に、外にいるイリア達に別の騒ぎを起こしてもらうな』


有が持ちかけた提案に、計らずも囮役を買って出た徹。


「別の騒ぎというのが馬を逃走させた事か」


信也は先程、徹が発した言葉の意味を悟る。

しかし、その信也の声に応えたのはニコットではなかった。


「その通りです……!」


忘れようのない聞き覚えのある声に、信也は反射的に視線を向ける。

驚きとともに振り返った信也が目にしたのは槍を構えて牽制する少女。

『アルティメット・ハーヴェスト』が管理するNPCの少女ーーイリスだった。


『徹様。吉乃信也の目的は、やはり蜜風望様との接触のようです』

「分かった。しばらくの間、足止めを頼むな」

『了解しました』


徹はイリスからの通信を切り、神妙な面持ちで冒険者ギルドを眺めた。


「足止めか。私には美羅から授かった『明晰夢』の力がある。君一人では私を足止めすることはできないのではないかな」

「……っ」


美羅から授かった『明晰夢』ーー。

未知の力を前にして、杖を構えた有は対策を講じた。


美羅……?


花音は信也の不可解な言動に違和感を覚える。

信也が口にした美羅という言葉。

だが、他の『レギオン』と『カーラ』のギルドメンバー達は美羅のことを『美羅様』と呼んでいる。

それなのに『カーラ』のギルドマスターの兄で、このゲームの開発者の一人である信也が美羅のことを呼び捨てにしていた。

花音は思わず、何故という言葉を唇に乗せる。


「……美羅『様』じゃないの?」

「そういえば、賢やかなめにもそのことを咎められたな。単純に、私は堅苦しいのは苦手なだけだ」


花音が発した素朴な疑問に、信也は乾いた笑いを浮かべた。


「彼女は吉乃美羅でもあるからでしょうか?」

「そう取ってもらって構わないよ」


察しの良いプラネットに指摘されて、信也は笑みを綻ばせる。


「そんなに警戒しなくても、私は今回の別件でここに来ている」

「「ーーっ」」


信也は事実を如実に語ると、望の隣に立っているリノアを窺い見た。

まるで目的は望達ではなく、リノアであるようにーー。


「私は冒険者ギルドで久遠リノアに関する調べ物をしていただけだ。今回、君達と敵対する腹つもりはーー」

「みんな、惑わされるなよ!」


信也の声を遮ったのは、先程まで奏良と言い争っていた徹だった。

徹は望達を護るようにして立ち塞がると、剣呑の眼差しを込めて告げる。


「こいつは今回、ここで俺達との因縁に決着をつけるつもりだ!」

「なっ! 椎音紘はそこまで織(し)っているのか?」


徹が語った真実に、奏良は虚を突かれたように目を瞬かせてしまう。


曖昧だった結果に与えられる具体的な事象。

違和感を感じることに、違和感があるようなメタ構造を持った理念。

不可解で不自然な現象。


それらは全て、紘の特殊スキル、『強制同調(エーテリオン)』によってもたらされたものだった。


過去、現在、未来、全てを見据えた上で、未来へと導いていく力。

自身が想い描いた未来の中で、ひときわ鮮明に輝く未来だけを選択して世界を改変する。


特殊スキル。

世界を牛耳る力と謳われ、現実世界をも干渉する力。

全ての世界そのものを改変させることすら可能な、万能の力。


その精強無比な力の片鱗を垣間見たような感覚。

奏良は恐れ入ったように徹を見つめた。

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