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留菜マナ
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第百八十九話 澪明のセレネ①

公開日時: 2021年3月26日(金) 16:30
文字数:1,659

望達が思うがまま、湖を捜索していた途中で、イリスから事前調査が終了した連絡が入る。


『徹様。『サンクチュアリの天空牢』を調査した結果、どの牢獄にも、クエスト達成条件になります、NPCの少女は囚われていませんでした。ですが、最深部の牢にたどり着いた時点で、クエスト達成の表示がされました』

「分かった。引き続き、『サンクチュアリの天空牢』の索敵を頼むな」

『了解しました』


徹は通信を切り、神妙な面持ちで水上を眺めた。


「『サンクチュアリの天空牢』には、やっぱりNPCの少女は囚われていなかったようだな」

「そうだね」


有の発言に、花音は不安そうにつぶやいた。


「とにかく、一度、ギルドに戻るぞ」

「うん」


有の宣言に、花音は同意する。

湖の捜索を切り上げて、望達は地上に戻っていった。

泡が水面から水柱を上げながら、地上に躍り出た。

望達が着地すると、望達を覆っていた泡は消えていく。


「水の中は戦いにくいな」

「水の中は戦いにくいね」

「わーい! 地上に戻ってきたよ!」


剣を柄に戻した望とリノアが一呼吸置くと、駆け寄ってきた花音は歓喜の声を上げた。


「望くん、水の中ってすごいね!」

「そうだな」

「そうだね」


花音が声高に思いのままを述べると、望とリノアは困ったように答える。


「よし、ギルドに戻って、『サンクチュアリの天空牢』に向かうための対策を立てるぞ!」

「ああ」

「うん」

「それしか、この状況を打破する手段はなさそうだからな」


有の方針に、望とリノアが頷き、奏良は渋い顔で承諾する。

目的が定まった望達は再び、ギルドへと足を運ぶ。


「ただいま、お父さん、お母さん!」

「有、花音」

「花音、お帰り」


花音が喜色満面でギルドに入ると、奥に控えていた有の両親は穏やかな表情を浮かべる。

アンティークな雑貨の数々と、有の母親の火の魔術のスキルで光らせている灯は、ギルド内に幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「徹よ、『サンクチュアリの天空牢』はどうなっている?」

「クエスト達成条件として記されていたNPCの少女は、どの牢獄にも囚われていない。そして、最深部の牢にたどり着いた時点で、クエスト達成の表示がされるようになっている」


有の鋭い問いに、徹は不服そうに答える。


「つまり当初、予定されていた『NPCの少女』はリノアだったというわけだな」

「ああ、恐らくな」


有の疑問に答えた徹の胸に、様々な情念が去来する。


リノアは『キャスケット』に所属したことで、望と同一動作をするようになった。

そのことによって、愛梨とリノアが接触する可能性が高まっている。

そして、リノアを預けてきた『レギオン』と『カーラ』の動向を探る偵察。


徹は頭の中に溢れる、これからおこなわないといけない情報を整理した。

正直、やることが多すぎて、手詰まり間が否めない。


「イリス達には引き続き、ダンジョンの索敵を行ってもらっている。『サンクチュアリの天空牢』には、日を改めて行った方がいいと思っているんだ」

「つまり、まだ得体の知れないダンジョンなんだな。どこまで二大高位ギルドと渡り合えるのか、判断がつかんな」


徹の説明に、奏良は疲れたように大きく息を吐いた。


「とにかく、イリスの報告を待つしかないな」


徹は気持ちを切り替えるように一呼吸置くと、改めてギルド内を眺めた。


「ダンジョン調査クエストの件、それにリノアを元に戻す方法の捜索、やることがたくさんあるな」

「ダンジョン調査クエストの件、それに私を元に戻す方法の捜索、やることがたくさんあるね」

「望くん、リノアちゃん、一緒に頑張ろうね」


望とリノアが咄嗟にそう言ってため息を吐くと、花音は元気づけるように望達を見つめる。

そこで、有の母親は少し困ったように切り出した。


「みんな。そろそろ時間も遅いし、『サンクチュアリの天空牢』に赴くのは次の機会にした方がいいね」

「そうだな」

「そうだね」

「調査報告も時間がかかりそうだから、別の日に改めるのが妥当だな」


有の母親がインターフェースで表示した時刻に、望とリノア、そして奏良は視線を向ける。

目的を再確認して、望達は決意を新たにするのだった。

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