兄と妹とVRMMOゲームと

留菜マナ
留菜マナ

第ニ百六十話 氷水晶のレクイエム⑧

公開日時: 2021年6月5日(土) 16:30
文字数:1,719

気迫と共に繰り出される望達と勇太の攻撃。

賢はそれを見切り、時にはリノアの座標を変え、的確に応戦しつつ分析する。


「ダンジョンの構造を変えることは厳しいか……。椎音紘の特殊スキルの阻止は、信也とかなめが対処しても難しいようだな」

「「ーーっ」」


その時、曖昧だった思考に与えられる具体的な形。

振り返った望達は、ギルドからの報告を受けた賢が意味深な笑みを浮かべているのを見て思わず、身構える。

だが、賢は、剣呑な眼差しを向けてくる望達など眼中にないように、リノアの両親だけを見ていた。

柔和な表情。

だが、瞳の奥には確かな陰りがある。


「……賢様」

「……っ」


賢のその反応を見て、リノアの両親の背筋に冷たいものが走った。


「……君達は懲りずに、現実世界の美羅様を退院させようとしているようだな」

「……はい」


賢の表情を見て、リノアの両親は最悪の予想を確信に変える。

賢は先程のギルドからの報告で、リノアの両親の行動を知り得ていた。


「だったら、何だ!」


勇太は冷めた視線を突き刺すと、そのまま容赦なく追及する。


「『レギオン』と『カーラ』の関係者達がいる病院。こんな狂っている病院からは、絶対にリノアを救い出すからな!」

「無駄なことを。理想の世界へと変わった今、退院の手続きはもはや、君のーーそして、彼女の家族の一任だけでは決められないと言ったはずだ」


思いの丈をぶつられた賢は、その全てを正面から受け止めた上で、あくまでも笑顔を崩さない。


「それに、信也から聞いたはずだ。美羅様が真なる覚醒を果たした今、どこの病院に行っても、彼女がこの世界にログインすることは止められない」

「ーーっ!?」


賢が口にした決定的な事実に、勇太は大きく目を見開いた。


「そして、美羅様が生き続けるには、病院の医療機材は必要不可欠だ」

「「ーーっ」」


あまりにも衝撃的な事実を突きつけられて、望達は二の句を告げなくなってしまっていた。

リノアは病院で施された医療機材によって、強制的に『創世のアクリア』のプロトタイプ版にログインさせられていた。

しかし、裏を返せば、今の彼女は望達が側にいるか、医療処置を受けない限り、生き続けることはできない。


「改めて、君達に言おうか。彼女はもはや、君の知っている『久遠リノア』ではない。救世の女神たる『美羅』様だ」

「なっ……」

「「ーーっ」」


常軌を逸した発言を聞いて、勇太とリノアの両親は悲しみと喪失感に打ちひしがれた。


リノアを救うために今、出来ることを成し遂げる。


そんな勇太達の希望は絶望に反転し、淡い期待は水の泡と化した。


「賢様、お願いします。リノアを元に戻して下さい……」

「生憎だが、美羅様には、彼女の器が必要不可欠だ。世界の安寧のために、これからも私達を導いてもらわないといけないからな」


リノアの父親の切実な願いに、賢は表情の端々に自信に満ちた笑みをほとばしらせた。

それが答えだった。


「違う! 彼女は、リノアだ!」

「違う! 私は私だから!」

「「ーーっ!」」


賢の発言に、望とリノアは強い眼差しを込めて否定する。

そのリノアの声を聞いた瞬間に、リノアの両親の心の中で何かが決壊した。


「リノア、すまない!」

「リノア、お願い。元に戻って!」

「「ーーっ」」


リノアの両親は調度を蹴散らすようにしてリノアのそばに駆け寄ると、小柄なその身体を思いきり抱きしめた。

しかし、リノアの両親の悲痛な声にも、リノアの返事は返ってこない。

望と同じく、困惑した表情を浮かべているだけだ。

勇太は大剣を突きつけると、賢に向かって叫んだ。


「リノアを今すぐ、元に戻せ!」

「それはできないと告げたはずだ。美羅様には、彼女の器が必要だからな」


勇太の訴えを、賢はつまらなそうに一蹴する。


「だったら、これからもリノアを元に戻す方法を探すだけだ!」

「……愚かな」


勇太の即座の切り返しに、賢は落胆したようにため息をつく。

一瞬の静寂後、勇太と賢は同時に動いた。

二人は一瞬で間合いを詰めて、互いが放つ剣技を相殺し合う。


何度目かの攻防戦。


しかし、賢は勇太との戦いにおいて、無類の強さを誇っていた。


「何度挑んできても、結果は同じだ」

「ーーっ!」


賢がさらに地面を蹴って、勇太に迫る。

勇太の隙を突いて、賢による最速の一突きが飛来した。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート