幻想郷『アウレリア』に赴く当日ーー。
有の家に集まった望達は、携帯端末を操作して、『創世のアクリア』へとログインする。
仮想世界だと知っていても、目の前に広がる金色の麦畑や肌に纏わりつく風と気候は、まるで本物のように感じられた。
有達のギルド『キャスケット』がある、湖畔の街、マスカットの街並み自体はさほど変わっていない。
今日も、大勢の人で賑わい、プレイヤー達の行き来も激しかった。
だが、特殊スキルの使い手達を求めるクエストが提示されてから、明らかに異質なプレイヤー達の姿を見かけるようになっていた。
「特殊スキルの使い手の一人が、この街のどこかにいるという噂だ」
「よし、ニ億ポイント、絶対に手に入れる!」
「いや、これは、特殊スキルの使い手を仲間にできる絶好のチャンスかもしれないぞ」
人の噂は千里を走る。
『カーラ』の『特殊スキルの使い手の捜索と捕縛』のクエストの噂は、あっという間に『創世のアクリア』中に広まっていた。
さらに膨大な報酬が、特殊スキルの使い手を狙う連中の呼び水になったようで、多くのプレイヤー達が特殊スキルの使い手達の足取りを探している。
有達のギルド『キャスケット』。
紘達のギルド『アルティメット・ハーヴェスト』。
『カーラ』の『特殊スキルの使い手の捜索と捕縛』のクエストが公開され始めてから、望達は表立って行動ができなくなった。
自身が所属するギルドや街中にある宿屋などは、絶対不可侵のエリアだ。
街中やフィールド上と違って、安全が保証されている。
しかし、街の外を歩いていれば、特殊スキルを狙うギルドやプレイヤー達に度々、襲われることもあった。
とても、転送石の費用を貯めるためのクエストを受けられる状態ではない。
だが、そんな状態になっても、有達は望と愛梨を救うための作戦を実行しようとしてくれる。
有達の心意気に、望は感謝してもしきれなかった。
望達の視線を受けて、有は次の行動を移すために宣言する。
「望、妹よ。他のプレイヤー達が、望に気づく前にギルドに向かうぞ」
「ああ」
「うん」
望達は周囲を警戒してから、ギルドへと足を運んだ。
「やあ」
「有。『アルティメット・ハーヴェスト』への協力要請、承認してもらったよ」
「父さん、母さん、助かった」
「お父さん、お母さん、ありがとう!」
「ありがとうございます」
望達がギルドに入ると、既に有の父親と母親が『アルティメット・ハーヴェスト』側にコンタクトを取っているところだった。
ギルドの奥では、先にログインしていた奏良が準備を整えている。
「マスター。この周辺では、電磁波の発生は感じられません」
プラネットは目を閉じて、『レギオン』と『カーラ』による電磁波の妨害がないかを探っていた。
精神統一することで、ニコット達が出している電磁波の発信源を特定することができるかもしれない、と考えたのだ。
「そうなんだな」
その報告を聞いて、望はほっと安堵の表情を浮かべる。
「わーい! 今日はみんな、揃っているよ!」
ギルド内を一周して、ギルドメンバーが全員揃っていることを確認すると、花音は嬉しそうにはにかんだ。
望は居住まいを正して、真剣な表情で尋ねる。
「有。今回は、全員で行くのか?」
「いや。父さんと母さんには、ギルドの管理を任せようと思っている。幻想郷『アウレリア』に赴くとなれば、それ相応の警戒が必要だからな」
望の素朴な質問に、有は少し逡巡してから答えた。
「お兄ちゃん。今回は、ペンギン男爵さんに頼まないの?」
「今回は恐らく、ペンギン男爵では対応できない状況が出てくるだろう」
花音が声高に疑問を口にすると、有はため息をついて付け加える。
「マスカットの街周辺には、多くの特殊スキルの使い手達を狙う者達で溢れている。集団で待ち伏せして、俺達がギルドに戻ってきたところを襲ってくる可能性も否めないからな」
「奇襲があるかもしれないんだね」
「その通りだ、妹よ。だからこそ、父さんと母さんには、ギルドの警護に当たってもらおうと考えている」
意表を突かれた花音の言葉に、有は意味ありげに表情を緩ませた。
話の段取りがまとまりつつある中、奏良はカリリア遺跡での出来事を思い返して渋い顔をする。
「ただ、問題は、カリリア遺跡などで遭遇したプレイヤーが、望のことを知っているということだな」
「そうだな」
奏良の真摯な通告に、望は苦々しい表情を浮かべた。
カリリア遺跡で、望達が特殊スキルの使い手を狙うプレイヤー達に追われたのは、つい最近のことである。
王都、『アルティス』に赴いた際には遭遇することはなかったが、クエストが提示されている今は、五大都市の一つに赴くこと事態が非常に危険極まりない行為だった。
五大都市の一つである、幻想郷『アウレリア』に赴いた際に、望達はカリリア遺跡で遭遇したプレイヤー達とすれ違う可能性がある。
彼らが、特殊スキルの使い手である望の存在に気づけば、他のプレイヤー達もまるで呼び水のように集まってくるだろう。
そうなれば、『カーラ』のギルドホームに行くどころではなくなってしまう。
「有様。このまま、幻想郷『アウレリア』に赴くのは危険な気がします」
「プラネットよ、分かっている」
プラネットの戸惑いに、有は思案するように視線を巡らせた。
ギルドのカウンターには、聖誕祭の射的で手に入れたペンギン男爵のぬいぐるみとアクセサリーが置かれている。
有がアイテムを注視すると、ウインドウが浮かび、アイテムの情報テキストが表示された。
「このアクセサリーの効果なら、何とかなるかもしれないな」
有は顎に手を当てると、その中の一つのアイテム効果に着目する。
それは、聖誕祭の射的コーナーにおける目玉景品だった。
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