信也が物心ついてより、世界はひたすらに過酷だった。
生きていれば、必ず死ぬ。
それはどうすることもできないこの世の理(ことわり)だ。
そして、世界は足の踏み場もないほどに死の要因で満ちている。
「悲しいな。人は生きるうえで、あまりに苦痛が多すぎる」
信也は憂いを帯びた声でそうつぶやいた。
「だから、一毅。君は美羅をこの世界に残したのだろう?」
信也の視線が向かう先には、過去の景色が広がっていた。
ずっと、みんなの傍にーー。
大切な仲間達に希う想い。
それは距離や関係の話だけではなく、互いの命のすれ違いも含めて。
「……この理想の世界なら、確かに苦しむことはないな」
信也の望むのは安寧だ。
安寧は信也の心に安らぎを与えてくれる。
だからこそ、信也は医学を学び、医師を志した。
そして、妹のかなめの紹介で賢と一毅と美羅に出会った。
四人はいつでも共に在る。
姿形が異なれど、永劫の別離など彼らの前には存在はしない。
それが賢の胸中そのもの。
不意に訪れた大切な人達との別離は、彼にとっての驚愕だったのだろう。
しかし、それはその場に居合わせた信也達も同じ心境だった。
賢と一毅と美羅は、信也とかなめにとって大切な存在だった。
どのような困難に見舞っても手を繋いで進んでゆくという希望であった。
蒼穹のような輝きを持った彼らは歌うように生を謳歌する。
長閑な世界が喧噪から遠く、四人を運んでくれるから。
止まない雨は無い。
明けない夜も無い。
奏でる音色はきっと美しく響き渡る。
「だって、見て。空はこんなにも蒼いんだもの」
今はもういないはずの美羅が優しく微笑んだ。
まるで幼子のように微笑んだ笑顔は甘やかな色彩に彩られる。
彼女の髪が風で揺らぐ様さえも愛おしい。
ーー例え、世界が別つとも。
四人は決して逸れることがなきように手を握っている。
この蒼穹が、いつでも自分達を繋いでいてくれると信じているから。
「そうだろう? 美羅、それが君の望んだものなのだから」
信也はこの状況に高揚していた。。
美羅の望んだ世界なら、誰しも苦しまなくていいから。
だから、一毅も美羅もお節介焼きだという思いを、せめて今だけは口にする。
それそのものを願いにはできないのなら、せめてもの、と。
想いを形にすることが出来ないから。
今はもういない彼女ーー美羅のために、この世界が創られたというのなら、私の役割はただ一つーー。
仮想世界と現実世界の境界を揺るがす運命の刻が訪れようとしていた。
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