望達が泊まることになって、居ても立ってもいられなくなったのか、花音が身振り手振りを加えながら飛び跳ねた。
「わーい! 望くんと奏良くんと一緒にお泊まり会だよ!」
花音は飛びつくような勢いで、花音は両拳を突き上げて言い募る。
「そうだな」
そんな彼女の満面の笑顔を目の当たりにして、望は表情を綻ばせた。
しかし、今後の方針を定めようとしていた奏良は不快感を隠すことなく眉をひそめる。
「花音。気持ちは分かるが、現実世界に戻ってきた早々、その仕打ちは勘弁してほしい」
奏良は望達から目を逸らし、不満そうにつぶやいた。
「……奏良くん、ごめんなさい」
赤みがかかった髪を揺らした花音が、顔を俯かせて声を震わせる。
すると、望はそんな彼女の気持ちを汲み取ったのか、頬を撫でながら照れくさそうにぽつりとつぶやいた。
「花音。お泊まりの際の準備をしたいんだけど、手伝ってくれないか?」
「……うん」
望の包み込むような温かい言葉が、花音の心に積もっていた不安を散らしていった。
望は意図的に笑顔を浮かべて続ける。
「久しぶりに有の家に泊まる事になったから、不思議な感じがするな」
「そうだね。望くん、ありがとう」
顔を上げて花咲くように笑う花音の姿を、望はどこか眩しそうに見つめた。
「お母さん。現実世界でももう一度、プロトタイプ版の情報って見れるのかな?」
「恐らく、見れるとは思うけれど、仮想世界の時のような詳しい情報は探れないだろうね」
花音の要望に、有の母親は携帯端末で検索する。
その瞬間、携帯端末の画面に『創世のアクリア』のプロトタイプ版の詳細が明示された。
それは、デジタルで構成された仮想世界。
四季の折々に彩られた果てなき平原と流転海域。
様々なギルドやお店が点在する街や村。
夕闇の空が終わると同時に、闇夜に輝き始める星々の煌めき。
ゲーム内の逸話に纏わる遺跡やダンジョンの数々。
巨大な竜やモンスターの集団との戦い。
現実ではあり得ない世界を創世したVRMMOゲーム。
≪創世のアクリア≫
今やその名を聞かない日はないというほど、有名な剣と魔法の幻想世界。
そのゲームのプロトタイプ版の解説は、オリジナル版とほとんど変わらない仕様の世界観とシステムだった。
だが、オリジナル版の説明とは違い、『究極のスキル』を産み出すための思考サンプリングシステムが搭載されているとも記載されていた。
現実世界で掲載されている内容は、仮想世界で垣間見た内容と微妙に違っている箇所がある。
「内容をぼかしている部分があるな。あまり知られたくない内容っていうことか」
「究極のスキルの箇所だね」
目を見張るような情報の数々。
しかし、真実と詭弁が入り混じった内容を見て、望と花音は驚愕する。
「仮想世界で表示されている内容と現実世界で記載されている内容。それぞれを検証すれば、何か分かるかもしれないな」
「奏良よ、調べる価値はありそうだ」
奏良の見解に、有は示し合わせるように肯定した。
仮想世界で調べれば、すぐに判明する内容だ。
それなのに、現実世界では虚実をない交ぜにし、知られたら都合の悪いことを伏せている。
それは何のためなんだろうかーー。
望のその問いは論理を促進し、思考を加速させる。
そうして、導き出された結論は、望が今の今まで考えもしない形をとった。
「有。もしかしたら『レギオン』と『カーラ』は、その事実に俺達が気づくのを待っていたんじゃないのか?」
「ーーっ」
「確かに『レギオン』と『カーラ』は、仮想世界でも現実世界でも一線を画す権限を誇っている。その可能性は高いな」
絶句する有を尻目に、奏良は最悪の予想を確信に変える。
「つまり、これは罠なんだな」
「手掛かりが見つかったと思ったのに……」
望の言葉を引き継いで、花音は沈痛な面持ちでつぶやいた。
「心配するな、妹よ。たとえ罠だとしても、これは確かな手掛かりと言えるはずだ。何故なら、ぼかされた箇所は機械都市、『グランティア』の情報だからな」
「なっ!」
「えっー、お兄ちゃん。機械都市、『グランティア』の情報なの!」
有が語った衝撃の事実に、望と花音は凍りついたように動きを止めた。
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