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留菜マナ
留菜マナ

第ニ十三話 星焔の共鳴③

公開日時: 2020年11月13日(金) 07:00
文字数:1,933

「怖い……」


遺跡の物陰に隠れていた愛梨は、怯えるようにして俯いていた。

不安そうに揺れる瞳は儚げで、震えを抑えるように胸に手を添える姿はいじらしかった。

望ならまず見せない気弱な姿に、花音は優しく微笑んだ。


「愛梨ちゃん、大丈夫だよ。一緒にここから出よう」

「……だ、誰?」

「私は、西村花音。よろしくね」


愛梨の殊勝な発言に、花音はそっと語りかける。

胸に染みる静寂が舞い降りたのは一瞬。


「……私は、椎音愛梨」


顔を上げた愛梨は、今にも壊れてしまいそうな繊細な声でつぶやいた。


「くっ……。一向に、HPが減らないな」


ボスモンスターとの戦闘の合間、有は花音達のもとに訪れると、望が愛梨に変わってからずっと疑問に思っていたことを口にした。


「愛梨よ。俺は、西村有だ。先程の力は、特殊スキルだな?」

「ーーっ!」


有の指摘に、愛梨の肩がびくりと跳ね、あたふたと視線を泳がせる。


「もう、お兄ちゃん。愛梨ちゃんをびっくりさせたらだめだよ」


有の率直な発言に、花音が嗜めるように腰に手を当てた。

そんな花音の反応に、有は表情を緩めて軽く肩をすくめてみせる。


「愛梨よ、驚かせてしまってすまない」

「……っ」


有の謝罪に、愛梨は持っている杖をぎゅっと握りしめたまま、恥ずかしそうに顔を俯かせる。

しかし、このままでは話が先に進まないと思ったのだろう。

愛梨は顔を上げると、意を決して話し始めた。


「うん。特殊スキル」

「そうか」


愛梨のその発言が、先程の疑問の答えなのだと気づくと、有は改めて切り出した。


「愛梨よ、ここから出るために力を貸してほしい」

「力……?」


有から思いもよらない言葉を告げられて、愛梨はただただぽかんと口を開けるよりほかなかった。

戸惑う愛梨をよそに、有は先を続ける。


「愛梨よ、頼む」

「愛梨ちゃん、お願い」

「……っ」


有と花音の重ねての懇願に、愛梨は息を呑み、驚きを滲ませた。


「…………」


愛梨は何も答えない。

ただ、沈痛な表情を浮かべて、何かを我慢するように俯いている。

その理由を慎重に見定めて、有はあえて軽く言う。


「もしかして、椎音紘から、知らない者達と関わるなと告げられたのか? しかし、『特殊スキル』のことを、俺達に話しても大丈夫だったのか?」

「ーーーーーーっ!」


有に指摘されたことにより、愛梨は自分の迂闊な発言に気づいてその場に屈み込む。

消え入るようにつぶやかれるのは、抑揚のない言葉。


「ごめんなさい。ごめんなさい。お兄ちゃん、特殊スキルのことを話してごめんなさい」


まるで壊れた機械のように、愛梨は懺悔の言葉を繰り返す。


「愛梨……?」


その異様な光景に、有は手を差し出すことさえできなかった。

どうして、特殊スキルのことを話しただけで、愛梨は取り乱したのか。

どうして、望が特殊スキルを使った途端、愛梨と入れ替わる現象が起こったのか。

有の脳裏に浮かぶのは、疑問ばかり。

それでも、わずかに残る理性は、ある仮説を立てる。

魂分配(ソウル・シェア)のスキルは、自身の魂を他に分け与えるスキルだ。

望の魂を愛梨に分け与えたことで発生した、望と愛梨の入れ替わり現象。

もっとも、片方が目覚めている時は、もう片方は眠っている状態になるため、望の意識が移動することで発生する入れ替わり現象と言った方がいいのかもしれない。

現実では一日置きに起きる現象だったが、仮想世界では恐らく、望の特殊スキルを使うことによって発生してしまうのだろう。


「愛梨ちゃん、大丈夫だよ」


怯える愛梨を前にして、花音が視線を合わせるように屈んだ。


「愛梨ちゃんのお兄ちゃんは、きっと怒ったりしないよ。愛梨ちゃんのために、望くんに特殊スキルを使ってもらおうとして必死だったもん」

「望くん……」

「もしかして、愛梨ちゃんのお兄ちゃんから、望くんのことを聞いたの?」

「……うん。私を生き返させてくれた人」


花音の問いに、愛梨は躊躇いながらも頷いた。

愛梨の表情が硬く強ばったことに気づいた花音は、少し困ったようにはにかんでみせる。


「そうなんだね」

「……うん」


泣き出しそうに歪んだ愛梨の表情を見て、花音は言葉を探しながら続ける。


「ねえ、愛梨ちゃん。私と友達になってくれないかな?」

「友達?」

「だめかな?」


花音の訴えに、愛梨は不安を吹き飛ばすように首を横に振った。

ゆっくりと立ち上がった愛梨が心配そうに尋ねる。


「でも、すごく人見知りだけど、こんな私でもいいのかな?」

「うん。愛梨ちゃん、よろしくね」


花音の言葉に、愛梨は花が綻ぶように無垢な笑顔を浮かべた。


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

「有、花音。君達も、少しは手伝え! 僕一人で、ボスモンスターの足止めをさせるな!」


そんな中、一人でボスモンスターと戦っていた奏良の悲痛な叫びが、最深部内に響き渡ったのだった。

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