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留菜マナ
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第八十三話 救世の女神と星の溶けた世界①

公開日時: 2020年12月13日(日) 07:00
文字数:2,267

「彼女が美羅……?」

「私が美羅……?」


望が発した疑問に答えたのは、唖然とした表情で立っていた美羅だった。

目を見張る望の前で、美羅もまた、不思議そうに同じ動作を繰り返す。


「望?」


目の前の少女が、望と同じ言動を繰り返すという、いささか不気味で信じがたい光景。

シルフィは、不意をつかれたように目を瞬かせてしまう。


まるで、望の意識が直接、美羅を動かしている現象。


今の美羅は、望の思うままに動き、話している。

望は感覚的に、自身の手足を動かすように美羅を動かした。


「これがシンクロなのか……?」

「これがシンクロなの……?」


望が手を伸ばすと、美羅もまた、そっと手を伸ばした。

同じ表情、同じ動作をした二人の手が重なる。

美羅は、愛梨のデータの集合体だ。

データは触ることができない。

それなのに美羅は、まるで実体があるように触れることができる。


「まるで、実体があるみたいだな」

「まるで、実体があるみたい」


望の問いに、美羅も同じ疑問を呈した。


もしかして、美羅が実体化しているのは、俺とシンクロしている影響なのかーー。


その一連の鏡写しのような同一動作を前にして、望は推測を確信に変える。


「シンクロは、時間を一致した同時進行になります。つまり、あなたの意識が、美羅様に共鳴して、同じ動作を引き起こさせているのです」

「同じ言動を引き起こさせる……」

「同じ言動を引き起こさせるの……」


かなめの説明に、望と美羅は呆然とつぶやいた。


敵である望と同じ言動を引き起こさせても、美羅は味方とはいえない。

それなのに何故、『レギオン』と『カーラ』は、俺達と美羅を繋げようとするんだろう。


望の思考を読み取ったように、顔を上げた賢は静かに告げる。


「美羅様は、私達の味方だ」

「ーーっ」


賢は片膝をついたまま、断固とした意思を強い眼差しにこめて、はっきりと言い切った。

その揺らぎない自信に、望は今度こそ目を見開いた。


「君と同じ言動を繰り返すとはいえ、美羅様の座標はこちらでずらすことができる」

「座標をずらす?」

「座標をずらすの?」


二人の打てば響くような返答に、賢は確信に満ちた顔で笑みを深める。


「例えば、先程のように、君に対して同じ攻撃を繰り出すことも可能だ」

「同一動作をそのまま反転させるのか」

「同一動作をそのまま反転させるの」

「ああ。座標さえ、ずらしてしまえば、君の行動は全て、私達のーー美羅様の思うままになる」


核心を突く望と美羅の言葉に、賢はどうしようもなく期待に満ちた表情で、ただ事実だけを口にした。


「もちろん、君が私達に向けた攻撃をそのまま、君の仲間におこなうこともな」

「ーーっ!」


あまりにも残酷な事実を突きつけられていたことに気づいた望は驚愕する。

それはつまり、望が賢達に攻撃を仕掛ければ、位置座標をずらされた美羅もまた、有達に同じ攻撃を加えるということだ。


仲間を救う力を得たはずなのに、その力で逆に仲間を傷つけてしまうかもしれない。


状況を覆る新たな力を得たとはいえ、望が今、この場で蒼の剣を振るえば、危機的な状況に陥りかねない。


「どうすればいいんだ?」

「どうすればいいの?」


周囲に視線を巡らせた望と美羅の顔には、はっきりと絶望の色が浮かんでいた。


「徹。どうしたらーー」


涙を浮かべたシルフィが、さらに疑問を口にしようとした瞬間ーー


「……シルフィ、何もしなくていいぞ」


響き渡ったその声に、シルフィは大きく目を見開いた。


「よーし、一気に行くよ!」


徹のその声を合図に、部屋のドアをこじ開けた花音は跳躍し、隼達へと接近した。


『クロス・リビジョン!』

「なっ!」


今まさに花音達に襲いかかろうとしていた隼達に対して、花音が天賦のスキルで間隙を穿つ。

花音の鞭に搦(から)め取られた瞬間、鞭状に走った麻痺の痺れによって、隼達は身動きを封じられた。

さらに追い打ちとばかりに、花音は鞭を振るい、何度も打ち据える。


「敵意確認。指令を中断し、これより臨戦態勢に入ります」


それを火蓋として、ニコットは数本のダガーを花音に向けて投げた。


「させません!」


しかし、その不意打ちは、プラネットには見切られていた。

プラネットは反射的に飛んできたダガーを弾くと、その方向に向かって電磁波を飛ばした。


「ーーっ」


初擊の鋭さから一転してもたついたニコットは、電磁波の一撃をまともに喰らい、苦悶の表情を浮かべる。


「結界が張られていた、あの牢屋から脱出したのですね」

「喰らえ!」


かなめが祈りを捧げるように両手を絡ませたその時、奏良の銃弾が放たれた。

弾は寸分違わず、光の魔術を唱え続けていたかなめに命中する。


「ーーっ」


かなめが怯んだことで、望を縛っていた魔術の詠唱は途切れる。

かなめの詠唱が止まった瞬間、望と同じ動作をしていた美羅は糸が切れたようにその場に倒れ伏せた。


「望よ、待たせてすまない」

「望くん、お待たせ! もう、大丈夫だよ!」


有の決意に応えるように、鞭を握りしめた花音は意気込みを語る。


「状況が状況だからな。愛梨のために、全力を尽くさせてもらおう」

「マスター、お待たせしてしまって申し訳ありません」


有達の言葉を追随するように、奏良とプラネットは毅然と言い切った。


「シルフィ、待たせてごめんな」

「徹!」


駆け寄ってきた徹の配慮に、シルフィは顔を輝かせる。


「望、奏良、プラネット、妹よ、後戻りはできない。この状況を覆して、クエストを破棄させるぞ!」

「ああ」

「うん」

「はい」

「逃げられそうもないからな」


有の指示に、望と花音とプラネットが頷き、奏良は渋い顔で承諾する。


今、ここに望達、『キャスケット』の反撃が始まろうとしていたーー。

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