「このままでは、少なくとも君達は全滅する。ボスモンスターを討伐するまでの間は、一時休戦を結ぶのも手だ」
「「……一時休戦だけは認める」」
賢の催促に、望とリノアは仕方なく決断する。
「どうすれば、いいんだ?」
「どうすれば、いいの?」
「椎音愛梨と入れ変わればいい。君の特殊スキル、魂分配(ソウル・シェア)は、既に美羅様も使用している。あとは、椎音愛梨の特殊スキル、仮想概念(アポカリウス)。それを美羅様が使ったという事実だけで、全ての状況は覆される」
愉悦に満ちた賢の過剰な反応に、望の背中を冷たい焦燥が伝う。
ーーこのまま、愛梨と入れ変わるのはまずい気がする。
まるで愛梨に変わること自体が意味のあるような立ち振る舞いに、望の思考は一つの推論を導いた。
「何故、そこまでして、美羅の真の力を発動させようとするんだ?」
「何故、そこまでして、美羅様の真の力を発動させようとするの?」
「私は、美羅様の真なる力を見てみたい。そして、君達が、美羅様とシンクロすることで、あまねく人々を楽園へと導きたいんだ」
核心を突く望とリノアの言葉に、賢はどうしようもなく期待に満ちた表情で、ただ事実だけを口にする。
「「楽園。理想の世界……」」
望とリノアは噛みしめるようにつぶやくと、胸の奥の火が急速に消えていくような気がした。
同時にフル回転していた思考がゆるみ、強張っていた全身から力がぬけていく。
まさに、熱くなった身体に冷や水をかけられた気分だった。
「俺は、みんなを助けたい。だけど、みんなが悲しむことをするつもりはない」
「私は、みんなを助けたい。だけど、みんなが悲しむことをするつもりはないの」
「交渉の方は、決裂ということか」
確信を込めて静かに告げられた望とリノアの拒絶は、この上なく賢の心を揺さぶった。
美羅を完全に覚醒させるーー。
その絶対目的を叶えるために、賢達は最善な方法を模索してきた。
だが、賢達が如何(いか)にあらゆる策を弄(ろう)しても、紘の特殊スキル『強制同調(エーテリオン)』によって、全て見抜かれてしまう。
このままでは埒が明かないな。
一刻も早く、美羅様の真の力を発動させて、椎音紘の特殊スキルに対処する必要がある。
ならば、ボスを討伐しない方向で、話を進めるしかないな。
賢は一拍だけ間を置くと、月下に咲く大輪の花のように不敵に微笑んでみせた。
「なら、クエストの成否よりも、この場から離脱することを考えようか」
「ダンジョン脱出用のアイテムは使えないのか?」
賢の提案に、ボスモンスター達と戦闘を繰り広げていた勇太は怪訝そうに尋ねる。
「ボスモンスターとの戦闘が始まり、魔方陣から出現したモンスター達によって、入口が封鎖されている。入口を封鎖しているモンスター達を倒して、この最上階から出なくては使えないな」
「リノア達を、すぐに逃がすことはできないのか……」
勇太は乱れた心を落ち着かせるように、大剣を強く握りしめた。
ボスモンスターがいる最上階では、ダンジョン脱出用のアイテムなどを使用することができない。
最上階から降りれば使えるようになるが、実際は、『レギオン』のギルドメンバーの魔術のスキルの使い手達が、今も転送アイテムなどを使用不可能にする魔術を練り上げている。
そのため、どんな状況下に置いても、魔術を止めるまでは使用することはできなかった。
その場に広がる動揺と困惑を代表して、望とリノアは賢に尋ねる。
「どうすれば、いいんだ?」
「どうすれば、いいの?」
「クエストの終了時間は、あとわずかだ。それまで、時間を稼げればいい。そうすれば、クエスト終了と同時に、この塔から外に転送ーー脱出することができる」
導き出された結論を前にして、望とリノアの真剣な表情が、一瞬でみなぎる闘志に変わる。
「なら、俺はそれまで、有達のもとに行く!」
「なら、私はそれまで、有達のもとに行きたい!」
「だったら、俺も、リノア達の加勢をする!」
望とリノアの決意に追随するように、勇太は続ける。
「構わない。なら、私は、ボスモンスター達の足止めをしておこうか」
望達の意見を聞いて、賢はすぐにその決断を下した。
『元素復元、避雷針!』
襲いかかってきたボスモンスター達に向かって、賢は剣を振り下ろす。
賢の剣が床に触れた途端、空中にトラップシンボルが現れる。
「「「「ガアアッーーーー!!」」」」
ボスモンスター達がそれに触れた瞬間、凄まじい爆音とともに吹き飛んだ。
床の一部も吹き飛んだことで、その直撃を受けた場所には大きな亀裂が入る。
ボスモンスター達はHPを減らし、スタンの効果によって、しばらく身動きを封じられた。
「これで、ボスモンスター達の動きは、しばらく封じることができた。あとはーー」
「賢様!」
賢は『レギオン』のギルドメンバー達のもとへ駆け寄ると、半円を描くように剣を振るった。
賢の剣戟によって、モンスター達は次々と葬られていく。
完膚なきまでに迎撃態勢に入った賢の斬撃に、モンスター達は次第に数を減らしていった。
「すごい……」
「すごいね……」
その連撃の凄まじさに、望とリノアの全身は総毛立った。
常識ではあり得ない現象。
不条理そのものの現象は、けれど、伝説の武器を持つ彼にはこれ以上なくふさわしい。
凶悪なモンスター達を相手にしながら、望の永遠の対立者は、この上なく不敵に笑みを浮かべていた。
フロアの各所からは、いまだに戦いの音が遠雷のように響いてくる。
「「みんな!」」
戦いが激化していく中、望達はモンスター達を一掃しながら、有達のもとへと駆けつける。
だが、有達の周りは、完全にモンスター達によって取り囲まれていた。
「「はっ!」」
望とリノアは、モンスター達を跳躍して、一足飛びに花音達の前に立った。
その瞬間、全てを確認することが、不可能なほどの攻撃が一斉に望達に殺到する。
「蒼の剣、頼む!」
「蒼の剣、お願い!」
「……の、望くん」
絶体絶命の危機を前にして、花音達の前に出た望とリノアは全ての攻撃を受け止めようと、それぞれの剣を構える。
流星のような光を放って、氷のつぶてを流れるような動きで弾くと、望とリノアは迫ってきたモンスター達の攻撃をいなした。
「……すごいな」
あっという間に、全ての攻撃を凌ぎきった望とリノアを前にして、勇太は唖然とした。
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