「有」
「お兄ちゃん」
「望よ、もとに戻ったのか?」
花音とともにギルドに戻ってきた望の姿を見て、有は明確な異変を目の当たりにする。
「望。おまえに戻ったのか……」
徹と遭遇した件を、有に報告をしていた奏良は落胆した声でつぶやいた。
運営側にコンタクトを取っている有の母親に目配りしながら、有は仕切り直して続ける。
「望、奏良、妹よ。今後のことで相談したいことがある」
「相談したいこと?」
望が問いかけるような声でそう言うと、有は軽く頷いてみせる。
「まず、愛梨の件だが、世間では両親の口論に巻き込まれた際に心肺停止の状態になり、そのまま病院に運ばれたが、奇跡的に助かったという認識になっている」
「実際には、愛梨は両親の言い争いに巻き込まれて死んだんだよな」
「正直なところ、僕としても、この事実は意外だった。僕の認識では、今も『愛梨は両親の言い争いに巻き込まれて死んだ』ことになっているからな」
望の言葉を追随するように、奏良は苦々しい表情を浮かべた。
今も……?
もしかして、私達の認識と、世間の認識にはズレが生じているの?
話についていけなくなった花音が、かろうじて問いかける。
「お、お兄ちゃん、望くん、奏良くん、どういうこと?」
「つまり、俺達の認識では愛梨は一度、死んだことになっているが、世間では、愛梨は心肺停止の状態に陥ったけれど、無事に助かったということになっているんだ」
「妹よ。恐らく、特殊スキルの使い手がいるギルドのメンバー達は、特殊スキルによる世界改変の影響を受けないのだろう」
望と有の説明に、特殊スキルの変革の真実に気づいた花音の瞳が見開かれる。
愛梨は望の特殊スキルによって生き返ったが、そのことを認識しているのは望達や紘達、特殊スキルの使い手がいるギルドのみである。
それ以外は皆、愛梨が一度、死んだという事実さえも知らない。
その矛盾した事実が正しい歴史として紡がれていくことに、望達は戦慄してしまう。
望は瞬きを繰り返しながら、愛梨としての記憶を思い出してつぶやいた。
「特殊スキルは、仮想世界のみならず、現実世界をも干渉する力か。だけど、俺も愛梨も、自身の特殊スキルについてはよく分からない点が多いからな」
不可解な謎を前にして、望は思い悩むように両手を伸ばした。
有の母親が先程、交わした運営とのやり取りのメッセージを共有すると、有は表情を引きしめる。
「望、奏良、母さん、妹よ。今後の方針についてだが、今回のクエストで手に入った転送アイテムを用いて、『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドがある王都、『アルティス』に赴くつもりだ。そこで、望と入れ替わった際における愛梨の一時的なギルドの兼任の要請、そして、新たなギルドメンバーを探そうと思っている」
「新たなギルドメンバー……!」
「愛梨ちゃんが、私達のギルドに入るの?」
「愛梨が、僕達のギルドに一時的に加入するのか!」
有の決定は、望達の理解の範疇を超えた代物だった。
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