望達が、『サンクチュアリの天空牢』を視界に収めていた頃ーー。
「吉乃先生。こちらが、今月の美羅様のカルテになります」
先程、リノアを診た医師の報告に、かなめの兄、信也は息を呑み、短い沈黙を挟んでから微笑んだ。
「助かった。引き続き、美羅様の経過を看てほしい」
「はい」
信也の指示に、カルテを手にした医師は一礼して部屋を出る。
「さて、そろそろ出向くか」
医師が立ち去った後、信也は携帯端末を操作し、『創世のアクリア』のプロトタイプ版へとログインする。
彼が転送アイテムを用いて訪れたのは、機械都市『グランティア』の一角にある高位ギルド、『レギオン』のギルドホームだった。
信也はドアのセキュリティを解除して、ギルドマスターが控えている部屋に入る。
そこは、物々しい機材が置かれただけの研究室のような空間が広がっていた。
信也は室内にあるモニターを表示させて、現実世界のリノアの診療の経過を電子情報として一括し、データベースに記録した。
「美羅の特殊スキルは、完全に引き継がれているみたいだな……」
電子カルテを見ていた信也は、物欲しげに顔を歪める。
そのタイミングで、後方に控えていた賢は咎めるようにして言った。
「信也。『美羅様』だ」
「美羅様の力はすごいな」
信也は、賢に一瞥くれて言い直した。
「賢は相変わらず、美羅様にご執心だな。しかし、美羅様は、蜜風望達のもとに預けたのだろう。それで良かったのか?」
「一時的に預けただけだ。蜜風望達の側にいれば、私達の求めている美羅様の真なる力の発動はいずれ実現するからな」
信也の戯れ言に、賢は確信に満ちた顔で笑みを深める。
リノアは今も、病院で施された医療機材によって、強制的に『創世のアクリア』のプロトタイプ版にログインさせられていた。
『創世のアクリア』で起きた出来事を思い返して、賢の隣に立っていたかなめは憐憫の眼差しを信也に向けた。
「今回の『サンクチュアリの天空牢』の作戦指揮は、お兄様にお任せしています。それなのに、肝心の指揮官であるお兄様が不在では動きようがありません」
「そうだったな。たまには、ソロではなく、妹のギルドの一員として動くのも悪くない」
そう懇願したかなめをまっすぐに射貫くと、信也は静かな声音で真実を口にする。
「『レギオン』のギルドマスターである美羅様。特殊スキルの使い手である椎音愛梨をもとにした、データの残滓である姫君。しかし、彼女には、吉乃美羅のデータも含まれている」
「はい。美羅様は、決して椎音愛梨の紛い物などではありません。その証拠に、私達はかってーーそして今も美羅様のご加護によって、神のごとき力ーー明晰夢を授かりました」
信也の言葉に、かなめは祈りを捧げるように指を絡ませた。
「美羅様は生きている。一毅の遺言どおりにな」
「はい。一毅お兄様の念願は、ここに果たされています」
賢の発言に、かなめの心には筆舌にしがたい感情が沸き上がった。
一毅と美羅が死んだ時の記憶は未だ、残酷なほど鮮明だ。
彼らの死にもっとも嘆き悲しんだのは、かなめがお慕いしていた賢だった。
「しかし、五人揃う日はもうこない」
賢は悔やむように懺悔を口をした。
追悼の言葉に、かなめ達は二人の生前を思い出して偲ぶ。
彼らの脳裏には、五人の関係を崩壊させた忌まわしき事故が、まるで昨日のことのように追憶されていた。
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