美羅が覚醒したことで、紘の意思とは無関係に、『レギオン』側の思惑どおりの未来が選び抜かれてしまった。
実際、『カーラ』のギルドホームでの戦いでも、王都、『アルティス』の防衛戦と並行して特殊スキルを使用したことで、美羅の力によって出し抜かれてしまっている。
他の一件でも、美羅が覚醒したことで紘の思惑どおりには事を運べなくなってしまった。
暗澹たる思いでため息を吐いた紘は、悔やむように語気を強めた。
「愛梨と蜜風望を渡すわけにはいかない」
「……ああ」
「そのためなら、私は何でもする」
「俺も、愛梨と望を護ることができるなら、何でもする」
紘の決意に応えるように、徹は携帯端末を強く握りしめる。
「特殊スキルの力に目を付けて、私欲のために利用しようとしている連中がいる」
激情と悲哀、様々な感情が渦巻く無窮の瞳で、紘は選び取った未来を垣間見た。
「なら、私はこれからもこの力を用いて、愛梨が幸せになれる未来を選び抜いていくだけだ」
様々な情念が去来する中、紘は導き出した一つの結論に目を細めた。
「徹。何故、いつも、愛梨のそばにいるんだ……」
帰宅途中だった奏良は、その光景を見て愕然としていた。
愛梨がスイーツを購入し、小鳥の家に行くために、徹達と一緒に仲良く歩いているところを目撃してしまったからだ。
状況を理解した瞬間、奏良の瞳は大きく揺れ動き、困惑する。
奏良はずっと、愛梨に想いを寄せていた。
人見知りの激しい彼女を、遠くから見守っているだけの儚い恋。
ギルド内のプレイヤー以外とは、現実では深く干渉させないプライバシー保護という制度。
その影響で、現実世界では、彼女に声をかけることも、触れることもできずにいた。
それは、理想の世界へと変わってしまった今も継続されている。
しかし、愛梨が、『アルティメット・ハーヴェスト』と『キャスケット』を兼任することになったことで、奏良の周囲を取り巻く環境は一変する。
同じギルド内のメンバーになったことで、奏良は仮想世界だけではなく、現実世界でも愛梨と親しく話すことができるようになったのだ。
その事実は、この不毛な恋に、ようやく終止符を打てるはずだった。
知らず知らずのうちに胸が湧き踊る。
ところが、その奏良の上機嫌は、ほんの少しの時間しかもたなかった。
何故なら、今日も愛梨のそばには、紘と徹が付き添っていることに気づいたからだ。
それでもいつか、現実世界で彼女と話せるチャンスが訪れるはず、と奏良は度々、機会を窺っていたのだが、一向にそれは訪れる気配はない。
「愛梨、大丈夫だ」
「愛梨、無理はするなよ」
「……う、うん。小鳥、喜んでくれるかな」
紘と徹の気遣いに、愛梨は掠れた声で答える。
その仲睦ましげな様子を、奏良は少し離れた場所から絶え間なく眺めていた。
同じギルドメンバーである愛梨とは、親しく話すことができる。
しかし、愛梨に近づけば、間違いなく『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドメンバーである紘と徹が割って入ってくるだろう。
奏良は予想外の選択を迫られて、苦悶の表情を浮かべる。
愛梨に会いたい。
だが、会えば、プライバシー制度に違反する可能性がある。
何故、『創世のアクリア』のプロトタイプ版へとログインできる者が限られた今でも、プライバシー制度は行われているんだーー。
二律背反に苛まれていた奏良は、そこでその事実に矛盾を感じた。
『レギオン』と『カーラ』が、プライバシー制度を行う必要はない。
むしろ、それは妨害になり得る。
なら、『アルティメット・ハーヴェスト』が、『レギオン』と『カーラ』から愛梨とリノアを守るために行っていることか。
「愛梨を護るためには、必要な行為なのだろう。だが、実際にはかなり行き過ぎた過剰な行動だと僕は思う」
表情を曇らせた奏良の携帯端末に、一通のメッセージが届いた。
『奏良よ。残りの調査対象になるダンジョンについてだが、三ヶ所のうち、どのダンジョンを俺達が担当するのか、意見を聞きたい』
内容は想定どおり、明日、向かうダンジョンについてのことだった。
有からのダンジョン調査に関する連絡に、奏良は神妙な表情を浮かべる。
「愛梨。まだ、現実の君に会えないのなら、僕はこれからも君を守るためにできることをしていくだけだ」
奏良は蚊が鳴くような声でつぶやいて、携帯端末を強く握りしめたのだった。
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