兄と妹とVRMMOゲームと

留菜マナ
留菜マナ

第六十五話 生まれてきてくれてありがとう④

公開日時: 2020年12月4日(金) 07:00
文字数:2,154

湖畔の街、マスカット。

地平線まで続く金色の麦畑を風が撫でていく。

のぞかな田園の真ん中を貫く道の奥に、有達のギルド『キャスケット』はあった。


「愛梨ちゃん。湖畔の街、マスカットに帰って来たよ」


徹達と別れた後、転送アイテムを使用して戻ってきた花音は感慨深げに、マスカットの街並みを見渡しながらつぶやいた。

だが、花音のその声が聞こえていないのか。

愛梨は目を閉じたまま、愛おしそうに風を感じている。


「……優しい風」

「うん、風が気持ちいいね」


愛梨の言葉に応えるように、花音は相打ちする。


「ねえ、お兄ちゃん。愛梨ちゃんのままで、ログアウトしたらどうなるのかな?」

「妹よ、すまない。判断つかないとしか言いようがない。もしかしたら、仮想世界と同様に、現実世界でも愛梨の方が目を覚ますことになるかもしれないな」


花音の的確な疑問に、有は不可解そうに頭を悩ませた。

愛梨の方が目を覚ますと聞いて、奏良は不意を突かれたように顔を硬直させる。


「有、悪いが、僕は愛梨を守らないといけない。高位ギルドの対策に関しては、有達に全面的に任せよう。僕は、愛梨とともにログアウトする」

「奏良よ。本音がバレバレだぞ」


期待を膨らませたような奏良の声に応えるように、有はやれやれと呆れたように眉根を寄せた。






湖畔の街、マスカットには小さな湖がある。

メルサの森のクエストの報酬を受け取るために、ギルドに一度、戻った後、有達は湖に移動していた。

幻想郷『アウレリア』の復興祭に行けなかった代わりに、有達は湖の近くで開催されている聖誕祭に参加することにしたのだ。

周囲には篝火(かがりび)が焚(た)かれ、NPCの屋台や出店が立っている。


「すごい……」


久しぶりに触れるゲーム内でのお祭りの喧騒に、愛梨は息を呑み、驚きを滲ませた。


「マスカットの聖誕祭だよ」


花音は右手をかざすと、人懐っこそうな笑みを浮かべて言った。


「パレードも本格的ですね」


プラネットが視線を向けた場所では、幻想的に彩られたパレードが周囲を明るく照らしている。

パレードから一瞬だけ差し込んだ光が眩しくて、プラネットは右手でひさしを作った。

それは、まるで夜明け前のーー黎明の光が雲を破り始めたようだった。


マスカットの聖誕祭。


普段は閑散としているはずの湖が、多くの人達で溢れている。

だが、幻想郷『アウレリア』の復興祭と同時期に行われていることもあり、人の流れは幾分、緩やかだった。

他愛もない世間話をしながら、有達は出店を練り歩いていく。

水の魔術で作られた氷を即座に粉状にして作られたかき氷や、火の魔術で食べ物を炙(あぶ)っている。


「わーい! ペンギン男爵さんのぬいぐるみを手に入れたよ!」


花音は目を輝かせて、手に入れたペンギン男爵のぬいぐるみを握りしめる。

そこは、現実世界にもあるような射的の屋台で、階段状になった台座に商品が置かれていた。

唯一、異なるのは、置かれているものがゲーム内でしか手に入らないアイテムだったりする点だろう。


「妹よ、こちらは全く当たらないぞ」

「うん」

「射的、難しいです」


有と愛梨、そしてプラネットが両手でしっかり照準を合わせて発泡しても、一発も当たらない。

花音も先程、ようやく一発当たって、ペンギン男爵のぬいぐるみを棚の後ろに落としたのだ。


「奏良くんは、百発百中だね」


花音の指摘どおり、奏良は片手で射的用の銃を構えると目的のものに次々と命中させていた。

かなりの希少なアイテムばかりを命中させているのか、NPCの店主は脂汗を流している。


「奏良のおかげで、元手は出来そうだな」


それを見て、有は指を横にかざし、視界に浮かんだゲームアプリの横にあるポイントアプリを、指で触れて表示させた。

そして、目の前に可視化した累計ポイントを確認する。

このポイントは、個人で使用するだけではなく、ギルドを運営するためにも使われていた。


「転送石の相場は今、ニ千万ポイントか」

「ニ千万ポイント?」


有の言葉を聞きつけて、花音は不思議そうに首を傾げる。


「妹よ、『転送石』を購入するためのポイントだ」


有は累計ポイントを視野に入れながら、思考を加速させていく。


転送石。

それは、街などへの移動を可能するために用いた二つの輝石のことだ。

『転送アイテム』の派生版で、対になった二つの輝石が呼び合う効果を持っている。

有達が輝石の一つを持ち、もう一つを『キャスケット』のギルドに置いておけば、いざというときにギルドに移動することができた。

また、何度でも使うことができるため、転送アイテムよりも実用性は高かった。

転送石があるのとないのでは、利便性さが全く違う。

ギルドホームを持ったギルドが、次に欲しいと思うのが転送石だ。


「これから先、特殊スキルを狙うギルドの抗争は激しくなりそうだからな。移動コストを、少しでも減らす必要がある」

「さすが、お兄ちゃん!」


誇らしげにそう言い放った有を見て、花音は顔を輝かせる。


「それに、転送アイテムには限りがある。いざというときに使えなくては、意味がないからな」


有は詮索しながらも、前もって、アイテム袋から転送アイテムを取り出す。

愛梨が、望に戻った時に、すぐに街の入口に移動するための転送アイテムだ。

人目が多い場所で、愛梨が望に姿を変えてしまったら、他のプレイヤー達から怪しまれると、有は判断したからだ。

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