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留菜マナ
留菜マナ

第百六十話 仮想は偽りを隠す⑤

公開日時: 2021年2月25日(木) 16:30
文字数:2,091

「よし、ダンジョンの調査クエストを達成するために、次に向かうダンジョンを決めるぞ」

「うん」


有の指示に、カウンターに座った花音は大きく同意する。

だが、花音はすぐに思い出したように唸った。


「でも、お兄ちゃん。次は、どんなダンジョンを選んだらいいのかな?」

「そうだな」


もっともな花音の疑問に、望も同意する。


「有。次はもう少し、落ち着いて捜索できるダンジョンにしてくれ」

「奏良よ、最初に上級者クエストのダンジョンに向かってしまってすまない。次からはひとまず、この世界を知るために、簡単なダンジョンに行くつもりだ」


奏良の要望を受けて、有はプラネットに目配せした。


「プラネットよ、頼む」

「はい」


有の指示に、プラネットは恭しく礼をする。

そして、軽い調子で指を横に振り、望達の目の前に『アルティメット・ハーヴェスト』の管轄内にあるダンジョン名を可視化させた。

様々な種類のダンジョンや遺跡が表示されている。

その中で、望は不可思議なダンジョンに気づき、目を瞬かせた。


「『シャングリ・ラの鍾乳洞』?」

「マスター、こちらは初心者用ダンジョンになります。『シャングリ・ラの鍾乳洞』は、湖畔の街、マスカットの近くに点在する氷の洞窟です」


望の質問に、プラネットは律儀に答えた。


『シャングリ・ラの鍾乳洞』。

クエスト内容は、洞窟の奥にある『氷の結晶』を手に入れるというシンプルなものだ。

出現するモンスターは同じ種類のモンスターであり、洞窟内も基本、ペンギン男爵が作成したマップ通りに進んでいけば、奥までたどり着くことができるだろう。

だが、初めて見る名前であり、オリジナル版では存在していなかったことから、プロトタイプ版で新たに作成されたダンジョンであることが示唆される。


新たな初心者用ダンジョンーー。


そんな中、居ても立ってもいられなくなったのか、花音が攻撃する際の身振り手振りを加えながら飛び跳ねた。


「プラネットちゃん、『シャングリ・ラの鍾乳洞』って、どんな場所なのかな? どんなモンスターが現れても、私の天賦のスキルで倒してみせるよ!」

「花音。今回は、あくまでもダンジョンの調査だけだ。確かにクエストを達成する価値はあるダンジョンだが、肝心の調査を怠わないでくれ」


花音が自信満々で告げると、奏良は呆れたように有に目配りする。

有はそれに応えるように、インターフェースを操作して、『シャングリ・ラの鍾乳洞』の攻略情報を表示させた。


「妹よ。残念だが、奏良の言うとおり、今回は洞窟の調査が目的だ。モンスターが現れた時のみ、戦闘を行うつもりだぞ」

「……そ、そうなんだね」


自身のアイデンティティーを否定されて、花音は落胆する。


「攻略情報か。なら、このクエストはもう達成されてしまっているのか?」

「ああ。既に複数のプレイヤーとギルドが達成しているようだな」

「ーーっ」


有から、暗に攻略された後のクエストだと言われて、望は悔しそうに言葉を呑み込む。


「だが、初めて見るダンジョンの上に、得られる『氷の結晶』も素材としてかなりの価値を持っている」

「そうなんだな」


奏良の捕捉に、望は緊張した面持ちで告げた。


「母さん。このダンジョンのクエスト情報を知りたい」

「恐らく、低クエストだろうね」


有の要望に、有の母親は可視化したそのクエストの名に触れる。

その瞬間、望達の目の前には、目的のクエストの詳細が明示された。


『シャングリ・ラの鍾乳洞に眠る秘宝』


・成功条件

 氷の結晶の入手

・目的地

 シャングリ・ラの鍾乳洞

・受注条件

 特になし

・報酬

 氷の結晶


「報酬は、氷の結晶だけなのか」

「本当に初心者クエストなんだね」


意外な報酬を見て、望と花音は呆気に取られる。


「熟練のプレイヤーなら、容易に採取し、達成できるからな。それに手に入れられる氷の結晶は、初心者プレイヤーにはかなり価値が高いものだ。このくらいの報酬が順当だろう」

「望、奏良、妹よ。氷の結晶は、プロトタイプ版においても希少価値が高いみたいだぞ」


奏良が冷静に状況を分析していると、有は即座にインターフェースを操作して、『創世のアクリア』における氷の結晶の素材価値を調べる。


「氷の結晶は、オリジナル版でもプロトタイプ版でも、ネモフィラの花と同じく希少な素材だ。街の取引で得るには、相応のポイントがかかる」

「そうですね」


有の指摘に、プラネットは恭しく礼をする。


「それにアイテム生成で、『氷の結晶』と『飛行アイテム』をかけ合わせれば、海や川の中に入ることができるアイテムが作成可能だ」

「なっ! 海や川の中に入れるようになるのか!」

「すごーい!」


有の説明を聞いて、望と花音は氷の結晶を使った飛行アイテムに想いを馳せた。


「海の中には、僕達の知らない未知のダンジョンもあるな」

「こちらのダンジョンに赴く価値はあると思います」

「そうだね」


奏良、プラネット、そして有の母親も賛同する。


「よし、望、奏良、母さん、プラネット、そして妹よ。『氷の結晶』を手に入れるために、次はこのクエストを攻略しながら、ダンジョンの調査を行うぞ!」

「ああ」

「うん」


有の決意宣言とともに、有達のギルド『キャスケット』の新たな行き先が決まった瞬間だった。

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