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留菜マナ
留菜マナ

第五十四話 あの日、あの瞬間⑦

公開日時: 2020年11月28日(土) 16:30
文字数:2,606

「よーし、行くよ!」


裂帛の咆哮とともに、花音は力強く地面を蹴り上げた。

奏良の新しいスキル、『他者への風の魔術による武器への付与効果』は、望と花音の武器だけに施している。

望達は、二つの高位ギルドに囲まれているという絶望的な状況を打破するために賭けに出た。

それは、徹を始めとする『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドメンバー達の協力を求めることで、『レギオン』と『カーラ』、二大高位ギルドの猛攻に対抗していくというものだ。


「望くんに手出しはさせないよ!」

「うわっ!」

「くっ!」


率先して先手を打った花音は身を翻しながら、鞭を振るい、『カーラ』のギルドメンバー達を翻弄する。

風の魔術による付与効果の影響で、鞭は舞い踊るように技を繰り出す。

だが、相手は高位ギルドのプレイヤー達だ。

容易く攻撃を喰らってはくれない。

『カーラ』のギルドメンバー達は、花音が振るった鞭を身体を反らし紙一重でかわした。


「あっ……」


完全に虚を突いたはずの攻撃を避けられて、花音は唖然とする。


「今だ!」


その隙を突いて、『カーラ』のギルドメンバー達のあらゆる属性の遠距離攻撃が花音を襲った。

投げナイフ、鎖鎌、ダガー、弓、魔術、召喚されたモンスターの咆哮。

全てを確認することが、不可能なほどの攻撃が一斉に花音に殺到する。


「花音、危ない!」

「……の、望くん」


絶体絶命の危機を前にして、花音の前に出た望は全ての攻撃を受け止めようと、風の魔力が込められた剣を構える。

飛び道具を流れるような動きで弾くと、望は迫ってきたモンスター達と魔術の攻撃をいなした。


「……あいつ、特殊スキルを使わなくても強いぞ」


全ての攻撃を凌ぎきった望を前にして、『カーラ』のギルドメンバーの一人が焦燥を抱く。


「構うことはない! たった五人で、三千ものプレイヤー達を相手にできるはずがない!」


闊達(かったつ)豪放(ごうほう)な態度で、『カーラ』のギルドメンバーの男が指示する。

千差万別な武器を構え、『カーラ』のギルドメンバー達はゆっくりと望達に迫ろうとしたーーその時だった。


「多少のダメージは堪えろ」

「うわっ!」

「なんだ?」


望達に迫り来るプレイヤー達に合わせて、奏良が放った銃の弾が全方位に連射される。

放たれた弾は、対空砲弾のように相手の攻撃にぶつかり、『カーラ』のギルドメンバー達を怯ませた。


「マスターを渡すわけにはいきません!」


プラネットは吹っ切れた言葉ともに、両拳を迫ってきたモンスター達に叩きつけた。

それと同時に高濃度のプラズマが走り、爆音が響き渡る。

煙が晴れると、召喚されたモンスター達は焼き尽くされたように消滅していった。


「『マナー・シールド』よ。俺達に迫る、全ての攻撃を防いでほしい!」


有が『マナー・シールド』を掲げると、望達に迫る魔術、飛来する武器、召喚したモンスター達、全ての攻撃が防がれる。

『マナー・シールド』は、カリリア遺跡に潜むボスを討伐した全てのギルドに与えられる、一度だけ全ての攻撃を防いでくれるレアアイテムだった。

数に限りはあるが、今は出し惜しみをしている場合ではない。


「これなら、どうだ!」


『カーラ』のギルドメンバーの一人が、新たなモンスターを召喚する。

鬼火が宙を漂う。

やがて、それらが一ヶ所に集まり、形を成していく。

望達の前に現れたのは、白骨で肉体を構成した巨大な体躯を持つ骨竜だった。


「でかいな」


カリリア遺跡のボスと同じ体躯の骨竜を前にして、望は声を上擦らせる。


「みんな、来るぞ!」

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


望達を見据えた骨竜は、狙い誤つこともなく、望達めがけて咆哮を放った。


「……っ!」


轟音とともにそれは炸裂し、望達は弾き飛ばされ、視界が回転する。


「みんな、大丈夫か?」


望は何とか上半身を起こすと、周囲を確認する。

メルサの森までの道が、風圧によって吹き飛ばされ、荒れた大地へと変わり果てていた。


「うん。だけど、倒せる見込みが立たないよ。もう、HPがへろへろ~」


花音の指摘どおり、望達のHPは既に半分を切っていた。

だが、望達のHPが半分を切っているのにも関わらず、『レギオン』と『カーラ』のギルドメンバー達はまだ、ほとんど減っていない。

高位ギルド。

望達が相対するには、まだ時期早々の相手だったかもしれない。

だけどーー。


「望、奏良、プラネット、妹よ。このまま戦い続けるか。それとも一か八か、転送アイテムを使って逃げるか。もっとも、転送アイテムは容易に使用させてはもらえないようだ」


仕切り直した有の指摘どおり、『レギオン』のギルドメンバーの魔術のスキルの使い手達は、転送アイテムを使用不可能にする魔術を練り上げている。

とんでもなく、複雑に編み込まれた魔術の障壁だ。

恐らく、転送アイテムを使っても、障壁に弾き返されてこの森から出られないだろう。


「だが、魔術障壁のおかげで、今のところ、『レギオン』側に動きがないのが幸いだな」

「お兄ちゃん。だったら、そんなの決まっているよ!」


問いにもならないような有のつぶやきに、花音は人懐っこそうな笑みを浮かべて言った。


「ここで逃げる選択を選ぶなんて、私達らしくないもん」

「そうだな」


予測できていた花音の答えに、望は笑みの隙間から感嘆の吐息を漏らす。


「俺達が勝つためには、この状況を打破するしかないな」

「うん」

「そうですね」


望の決意の宣言に、花音とプラネットは意図して笑みを浮かべてみせた。

有達のギルド『キャスケット』。

誰かと共にあるという意識は、押されていてもなお、決して自分達が負けることはないという不屈の確信をかきたてるものだと望は感じた。

盛り上がる望達を背景に、奏良は素っ気なく問いかける。 


「有。そもそも、この状況を打破する方法があるのか?」

「全ては、『アルティメット・ハーヴェスト』の出方次第だな」


骨竜を見据えながら、有は事実を冷静に告げた。

望達がいくら粘ろうとも、三千もののプレイヤー達を相手に、転送アイテム使用不可能の状態で逃れるのは至難の技だ。


「どうすればいいんだ?」


望が思案に暮れていたその時、森の入口から聞き覚えのある声が轟いた。


『ーー我が声に従え、光龍、ブラッド・ヴェイン!』

「ーーなっ!」


望の驚愕と同時に、望達の目の前に光龍が現れる。

金色の光を身に纏った四肢を持つ光龍。

骨竜とさほど変わらない巨躯の光龍は、主である徹の指示に従って、望達に危害を加えようとした骨竜を睥睨したのだった。

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