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留菜マナ
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第百四十四話 未完成エトワール④

公開日時: 2021年2月9日(火) 16:30
文字数:1,646

がらんとして広い中央通りを、辻馬車がカラカラと音を立てて進んでいる。

キャリッジは上等な布張りの椅子で、車窓はガラス製だ。

NPCの御者に、天蓋には房(ふさ)飾りがちりばめられている立派な威風の馬車である。


「よし、妹よ、行くぞ! 『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドホームへ!」

「うん。お兄ちゃん、先手必勝だね!」


有と花音は熱い意気込みを語りながら、車窓から街の風景を眺めている。


「ギルドホームには、愛梨ちゃんのお兄さんと徹くん達が待っているのかな」

「恐らく、そうだろう」

「……『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドホームか」


有と花音が熱い議論を交わす中、望は顎に手を当てて深く大きなため息をつく。

やがて、馬車は、街を警護する『アルティメット・ハーヴェスト』のプレイヤー達の厳戒態勢が引かれている隊列を過ぎ去った。


「お兄ちゃん。まるで私達、特別扱いだね」

「そうだな、妹よ」

「有、花音。ここは、馬車の中だ。少し場所をわきまえてくれ」


有と花音が自信満々で告げると、奏良は呆れたように視線を周囲に飛ばす。

望達が乗る馬車は、既に人々の注目の的になっていた。


「馬車の無償貸し出しと厳正な検問、高位ギルドは相変わらず、すごいな」


望は感慨深げに周囲を見渡しながらつぶやいた。

望の目の前には、警備が牽かれた厳格な門と美しき白亜の塔が見渡せる。

数人のプレイヤー達が立ち塞がっている門の前で、望達が乗っている馬車は一旦、止まった。


「身分証」

「ああ」


検問のプレイヤーの要求に、有は胸元に挟んでいるギルドマスターの証である銀色のラペルピンを取り外して渡した。

ラペルピンが光り、有達のギルド『キャスケット』の情報が映し出されたインターフェースホログラフィーが表示される。


「名前は」


それは今、映し出されているホログラフィーに表示されているのだが、有は形式に従い、答える。


「『キャスケット』のギルドマスター、西村有だ」

「紘様から、話は聞いている。通っていいぞ」


検問のプレイヤーは有達を一瞥して、ラペルピンを返した。


「では、出発します」


NPCの御者の手引きにより、馬車が再び、動き始める。

望達が乗る馬車は検問の門を通り抜け、目的の場所である『アルティメット・ハーヴェスト』のギルド前にたどり着いた。


「『アルティメット・ハーヴェスト』のギルド、やっぱり壮大だな」

「愛梨ちゃんが所属するギルドのホーム、すごーい!」


馬車から降り、手をかざして見上げた望の言葉に、花音は両手を広げて歓喜の声を上げる。

望達が紘達に会うために訪れたギルドホームは、まさに壮麗な白亜の塔だった。

城と呼ぶに似つかわしい規模の塔であり、豪華絢爛のような美しさを備えている。


「あっ、望!」

「徹!」


歩調を早めていた望達は、背後からかけられた声に振り返った。

望達のもとに駆け寄ってきた徹は、居住まいを正して自身の考えを纏める。


「今回は、クエストの紹介の件だったよな」

「それと、リノアを救う手段についてだ」


徹の疑問に、有は真剣な眼差しで捕捉する。


「……分かっているよ。ただ、紘は今後のことで他のメンバー達と会議をしているから、それが終わってからになる」


有の申し出に、徹は首肯し、申し訳なさそうにそう告げた。


「とにかく、ここじゃ目立つから、詳しい話はギルドの中で聞くからな」

「ああ」


徹の提案に、有は得心いったように頷いた。

徹に案内されて、望達は早速、白亜の塔へと向かう。

美しい外見と同様に、ギルドの中も荘厳な作りとなっていた。

床は磨き上げられた大理石のように、綺麗で埃ひとつない。

窓や壁も強襲に備えて、強度も高そうだった。


「徹様、お帰りなさいませ」


塔の入口に控えていたプレイヤー達が、一斉に恭しく礼をする。


「これから、上位ギルドの『キャスケット』と重要な話をする。あと、特殊スキルの使い手を狙って、『レギオン』と『カーラ』の襲撃があるかもしれないから、警戒を怠らないようにな」

「承知致しました」


徹の指示に、『アルティメット・ハーヴェスト』のメンバー達は丁重に一礼した。


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