「以前、愛梨と同じ年頃の少女達が、同時期に学校を休んで、家族と一緒に旅行に出かけているという不審な件があった。警察にも失踪について相談したんだけど、被害者達が完全否定し、証拠不十分とかで全く相手にされなかったんだよな」
「それって……」
徹の説明に、花音はほんの一瞬、戸惑うように息を呑んだ。
そんな花音の反応に、徹は言いにくそうに表情を強張らせる。
「……つまり、リノアを元に戻しても、また同じことが繰り返されるはずだ」
「ーーっ」
あまりにも唐突な事実を前にして、望は理解が追いつかなくなったように唇を噛みしめる。
以前、明晰夢の中で見た、理想が体現された世界。
それは、一人の少女を犠牲にすることによって成り立つ世界だ。
美羅を宿した少女は虚ろな生ける屍になる。
世界のために最愛を失うか、最愛のために世界を敵に回すか。
恐らく、『レギオン』と『カーラ』は躊躇うことなく、世界を選ぶだろう。
全ては彼らが告げる世界の安寧のためにーー。
「手嶋賢と吉乃かなめが現実世界にいたのは椎音紘の特殊スキルに備えていただけではない。美羅の適合者を新たに探し出していたのか……」
「美羅の適合者は他にもいる。たとえ、久遠リノアを元に戻しても、また新たな者が美羅の器になるだけだ」
望の言葉に呼応するように、信也は表情を綻ばせる。
「柏原勇太くん、君は久遠リノアの代わりに誰かを犠牲にはできないだろう」
「……っ」
信也の断言に、勇太は苦々しく心の中だけで同意した。
リノアを元に戻す方法は本当にそれだけなのかーー。
待ち望んでいたリノアを元に戻す方法は、勇太にとってあり得ないことだった。
今も意識を失っているリノアの身を案じ、勇太は目を閉じる。
『私が美羅様になったら、もう勇太くんが知っている『私』じゃない。だから、絶交中でも、最期のお別れを言いたかったの』
勇太は不意に、あの日、リノアが浮かべた寂しげな笑みを思い出す。
リノアの笑った顔も、泣いた顔も、恥ずかしがる顔も、ふて腐れた顔も、全てが愛おしいと感じる。
おじさんとおばさんはあの時、『レギオン』の手によって洗脳されていた。
なら、リノアもまた、洗脳されていたんじゃないのか。
だから、自ら望んでその身を差し出したんだ。
それでも最期のお別れを告げたのは、俺に自分の異変を気づいてほしかったから……?
導き出したその事実が激しく勇太の心臓を打ち鳴らし、ひとかけらの冷静さをも奪い去ってしまった。
俺……あの時、リノアが助けを求めていたこと、何で……もっと早くに気づかなかったんだ……。
勇太は不意打ちを食らったように悲しみで胸が張り裂ける思いになる。
「君達にはもはや、久遠リノアを救うことはーー」
「勇太、惑わされるなよ! リノアを救う方法は他にもあるからな!」
信也の声を遮ったのは徹だった。
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