「お兄ちゃん。リノアちゃん、無事に病院から脱出できたみたい」
「そうか。ならば、妹よ、後はここを凌ぐだけだな」
「うん」
どこまでも熱く語る有をちらりと見て、花音は微かに頷いた。
そして、今も心細そうにしている愛梨の華奢な手を優しく包み込む。
「愛梨ちゃん、大丈夫だよ」
「……花音、ありがとう」
花音の導くような声音に、愛梨は小さく頷いた。
とはいえ、ここは多くの人達が行き交う通学路。
その状況でこの場から脱出するのは骨が折れるだろう。
「それにしても、これだけの騒ぎになっているのに、みんな、落ち着いているね」
右手をかざした花音は、不思議そうな瞳で周囲を見渡した。
本来なら、警察沙汰になってもおかしくないのに周囲の反応は乏しい。
『レギオン』と『カーラ』。
彼らが『救世の女神』を産み出すという禁忌を犯したことで始まった戦いは、仮想世界だけではなく、現実世界までも浸食していった。
漠然とした想いのまま、愛梨達は理想の世界へと変わった現実世界での日々を過ごしている。
それでも、有達は力を合わせて立ち向かっていった。
必然的に、二大高位ギルドとの戦いはさらに苛烈さを増していく。
味方、敵が混在した混沌の渦の中、通学路付近は一気に乱戦状態へと陥っていった。
「おのれ!」
「慌てる必要はない」
凛とした声が、混乱の極致に陥っていた『レギオン』のギルドメンバー達を制する。
「賢様」
「『アルティメット・ハーヴェスト』の介入があったとはいえ、このまま予定どおりに事を進めていけばいい。分かっていると思うが、久遠リノアの代わりは既にいる」
賢のつぶやきが不気味に木霊した。
「美羅様がいれば、私達の求めている理想の世界はいずれ実現する。美羅様の真なる覚醒。そうなれば、信也とかなめも再び、『明晰夢』の力を得ることができるはずだ。その時、特殊スキルの使い手達は手中に、全ては美羅様のーー私達の思いのままになる」
「はっ。心得ております」
賢は、美羅の腹心。
彼の行動は、美羅の意向に基づいている。
嗜虐的な賢の指示に、『レギオン』のメンバー達は丁重に一礼した。
「……ですが、賢様。信也様とかなめ様から一度、体勢を整えて出直した方が良いのではという伝言が入っております」
「……分かった。残念な結果だが仕方ない」
『レギオン』のギルドメンバーからの報告に、賢は苦悶を口にしながら後退する。
「この場から撤退する」
「はい」
賢の意思に添って、『レギオン』と『カーラ』のギルドメンバー達は彼のもとに集結した。
「ま、待て!」
徹が止める暇もなく、賢達はその場から姿を消していった。
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