シャングリ・ラの鍾乳洞のダンジョンに挑む当日ーー。
有の家に集まった望達は、携帯端末を操作して、『創世のアクリア』へとログインする。
オリジナル版と同様に、目の前に広がる金色の麦畑や肌に纏わりつく風と気候も、まるで本物のように感じられた。
だが、有達のギルド『キャスケット』がある、湖畔の街、マスカットの街並みは閉散としていて人気は少ない。
唯一、見かけるのは、NPCである店員の姿だけだった。
望達はクエストを受けるために早速、ギルドへと足を運ぶ。
「やあ」
「有、花音、それに望くん」
「父さん、母さん!」
「お父さん、お母さん、お待たせ!」
「こんにちは」
望達がギルドに入ると、既に有の両親が控えていた。
ギルドの奥では、先にログインしていた奏良が準備を整えている。
アンティークな雑貨の数々と、有の母親の火の魔術のスキルで光らせている灯は、ギルド内に幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「マスター、有様、花音様、お待ちしておりました」
「ギルドホーム、改装したんだな」
プラネットの言葉に反応して、望がとらえどころのない空気を固形化させる疑問を口にする。
「はい。昨日、有様の監修に基づいて、ホームをリニューアルさせて頂きました」
「そうなのか?」
「……望よ、昨日は大変だった」
望がかろうじて聞くと、有は疲れたように肩を竦める。
「マスター。この周辺では、電磁波の発生は感じられません」
望達の会話をよそに、プラネットは目を閉じて、『レギオン』と『カーラ』による電磁波の妨害がないかを探っていた。
「そうなんだな」
その報告を聞いて、望はほっと安堵の表情を浮かべる。
「わーい! 今日はみんな、揃っているよ!」
ギルド内を一周して、ギルドメンバーが全員揃っていることを確認すると、花音は嬉しそうにはにかんだ。
望は居住まいを正して、真剣な表情で尋ねる。
「有。今回は、全員で行くのか?」
「いや。父さんと母さんには、ギルドの管理を任せようと思っている。今回のダンジョンには、徹達と柏原勇太達も赴くことになるからな」
望の素朴な質問に、有は少し逡巡してから答えた。
「お兄ちゃん。ギルドの管理をペンギン男爵さんに任せて、みんなで行った方が安全じゃないのかな?」
「『シャングリ・ラの鍾乳洞』は、湖畔の街、マスカットの近くに点在する、小さな氷の洞窟だ。大人数で赴いても、調査は捗(はかど)らないだろう」
花音が声高に疑問を口にすると、有はため息をついて付け加える。
「父さんと母さんには、『シャングリ・ラの鍾乳洞』の後に向かうダンジョンを探してもらうつもりだ。それに今回のクエストでは、希少な『氷の結晶』を手に入れられる。アイテム生成で、『氷の結晶』と『飛行アイテム』をかけ合わせれば、海や川の中に入ることができるアイテムを作成できるからな」
「今日はもう一つ、ダンジョンの調査をするかもしれないんだね」
「その通りだ、妹よ。だからこそ、父さんと母さんには、ギルドの警護に当たってもらおうと考えている」
意表を突かれた花音の言葉に、有は意味ありげに表情を緩ませた。
話の段取りがまとまりつつある中、奏良は『朽ち果てた黄昏の塔、パラディアム』での出来事を思い返して渋い顔をする。
「ただ、問題は、『レギオン』と『カーラ』、もしくはその関係者が、調査の妨害をしてくるかもしれないということだな」
「そうだな」
奏良の真摯な通告に、望は苦々しい表情を浮かべた。
二度にも渡る、ソロプレイヤーである信也の介入。
彼が再び、望達に接触してこないとは言い切れなかった。
「お兄ちゃん。今回は、ダンジョンまで徒歩で行くんだよね」
「ああ。湖畔の街、マスカットの近くのダンジョンだからな。徹達と合流した後、ギルドホームに戻り、ここから歩いていこうと考えている」
花音の懸念に、有はインターフェースを使って、『創世のアクリア』のプロトタイプ版における、新たなマップの情報を一つ一つ検索する。
「よし、望、奏良、プラネット、妹よ。ギルドの管理は父さんと母さんに任せて、王都『アルティス』へ行くぞ!」
「ああ」
「うん!」
有の決意表明に、望と花音が嬉しそうに言う。
望達が転送アイテムを掲げた有の傍に立つと、地面にうっすらと円の模様が刻まれる。
望達が気づいた時には視界が切り替わり、王都、『アルティス』の城下町の門前にいた。
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