兄と妹とVRMMOゲームと

留菜マナ
留菜マナ

第百ニ十三話 もうすぐ魔法がとけるから⑧

公開日時: 2021年1月19日(火) 16:30
文字数:1,953

愛梨への方針が纏まったタイミングで、奏良は思案するように携帯端末へと視線を巡らせる。


「しかし、今回の件に関して、詳しい事情が分からないのは辛いな」

「『創世のアクリア』がサービスを完全に停止した今でも、プライバシー保護制度によって、他のギルド内のメンバーに深く干渉することはできないからな。『アルティメット・ハーヴェスト』の者達に、今回の件について、相談することはできないようだ」


奏良の言及に、有は落ち着いた口調で答える。


ギルド内のプレイヤー以外とは、現実では深く干渉させないプライバシー保護という制度。


実名で登録することによって発生するトラブルを想定して、運営側はプライバシー保護という制度を導入していた。

警察に協力を求め、街の各所に監視アプリを設置し、『創世のアクリア』のサーバー以外のゲームに関する全ての書き込みを規制する。

規約を破って不正や事件などを起こした場合、最悪、今回の『レギオン』と『カーラ』のように、アカウントを削除されるだけではなく、警察に起訴されてしまう。


「でも、お兄ちゃん。愛梨ちゃんはギルド兼任しているから、私達と会っても大丈夫じゃないのかな?」

「その通りだ、妹よ。だからこそ、愛梨に会う必要がある。どこか安全な場所で、愛梨との会合をおこなうつもりだ」


花音が声高に疑問を口にすると、有は意味ありげに表情を緩ませた。


「愛梨に会うことで、何か分かるかもしれないな」

「まあ、そちらが本命だろうな」


愛梨のところに赴く真意に触れて、望と奏良は納得したように頷いてみせる。

愛梨が持ち合わせている情報は、愛梨としても生きている望自身も全て知り得ていた。

しかし、紘達は、今回の件に関する事情を愛梨に伝えていない。


誘拐、監禁をおこなったとされる、高位ギルド『レギオン』と『カーラ』。

多くのプレイヤー達の帰還不能状態からの解放と多大な不正を見過ごしていたことを受けて、世論に押された『創世のアクリア』はサービスを終了することになった。


あくまでも、愛梨は世間に伝えられている内容しか聞き及んでいなかった。


ーー愛梨は、有達に会ったら驚きそうだな。


望は、有達と遭遇した瞬間を思い浮かべて苦笑する。

愛梨としても生きているためか、有達に出会った途端、怯えて隠れる愛梨の姿が容易に想像できた。

愛梨の想いも、彼女の生前の記憶さえも、全てが自分の感情であり、記憶であるように感じている。

望にとって、愛梨は誰よりも自分に近い存在なのだろう。

望は瞬きを繰り返しながら、愛梨としての記憶を思い出してつぶやいた。


「特殊スキルは、仮想世界のみならず、現実世界をも干渉する力か。だけど、俺も愛梨も、自身の特殊スキルについてはよく分からない点が多いからな」


不可解な謎を前にして、望は思い悩むように両手を伸ばした。


「望よ。徹が告げていたとおり、特殊スキルの力を持続させるためには、『創世のアクリア』の世界に度々、ログインする必要がある。椎音紘のことだ。愛梨の友人である小鳥に、何かしらの言付けを伝えている可能性が高いだろう」

「……そうだな」


有の率直な意見に、望は複雑な表情を浮かべる。


「愛梨の件、それに勇太くんとリノアの詳細について、やることがたくさんあるな」

「望くん、一緒に頑張ろうね」


望が咄嗟にそう言ってため息を吐くと、花音は元気づけるように望を見上げる。

有の母親が先程、調べたネット情報を共有すると、有は表情を引きしめた。


「まずは、愛梨の友人である小鳥に会いに行こうと考えている。小鳥に取り次いでもらえば、愛梨だけに会うことも可能だろう」

「小鳥の家は、ここからだとかなり離れているな」


有の決定事項に、望は愛梨としての記憶を思い返しながら言う。


「望くん。愛梨ちゃんの家って、どんな感じなのかな?」

「普通の家だな」


花音の疑問に、望は少し逡巡してから答える。


「ただ、椎音紘の特殊スキル、『強制同調(エーテリオン)』の影響によって、愛梨の周りの人達は異常なくらい、愛梨のことを守ろうとしている」

「そうなんだね」


望が苦虫を噛み潰したような顔で渋ると、花音は寂しそうに俯いた。


「ねえ、望くん。小鳥ちゃんは、特殊スキルの効果が消えても、愛梨ちゃんの友人だよね」

「少なくとも小鳥は、昔からの愛梨の友人だ。大丈夫だと思う」


花音の気遣いに、望は殊更もなく同意する。


「有、花音、望くん、奏良くん。小鳥さんの家に赴くのは、次の機会にした方がいいだろうね」

「そうだな」

「急ぎの案件とはいえ、別の日に改めるのが妥当だな」


有の母親が携帯端末で表示した時刻に、望と奏良は視線を向ける。

有の家から小鳥の家までは、交通機関を利用してもかなりの距離がある。

小鳥の家に赴くのは、事前準備をしてからの方がいいだろう。

新たな目的を前にして、望達は決意を新たにするのだった。

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