「望よ、目を覚ましたのか?」
「マスター!」
望の姿を見て、有とプラネットは明確な異変を目の当たりにする。
「望。今は、美羅様とシンクロしていないのか……」
少し遅れて、室内に入ってきた奏良は落胆した声でつぶやいた。
「望よ。目覚めたばかりですまないが、明後日の式典で、『レギオン』から美羅様とのシンクロの要請が入った。世界の安寧のために、力を貸してほしい」
「み、みんな、どうしたんだ? 『レギオン』と『カーラ』は、敵対しているギルドのはずだろう」
「『レギオン』と『カーラ』とは、彼らが世界統一を果たした時に和解した。正直、『レギオン』と『カーラ』の思い通りに、事が進むのは癪(しゃく)だが仕方ない。全ては、世界の安寧のためだ」
望がおそるおそる発した質問に、有は釈然としない態度で、窓の方へと視線を向ける。
「マスター。『レギオン』と『カーラ』は、世界を救った救世主です」
「救世主?」
プラネットの予想外な発言に、望の心境はさらに混迷を極めた。
先程まで、確かに『カーラ』によって、望達は捕縛されていたはずだ。
だが、いつの間にか、有達『キャスケット』は、『レギオン』と『カーラ』との交流を持っている。
そして、有達は、この状況を微塵も疑っている様子もない。
「ああ。『レギオン』と『カーラ』は、今の世界を牛耳る二大ギルド組織だ」
望のその反応に、奏良は物憂げな表情で世界の成り行きを語り始める。
美羅が真なる覚醒に至ったことで、『創世のアクリア』の世界だけではなく、現実世界さえも、『レギオン』と『カーラ』による世界統一が果たされていた。
『レギオン』と『カーラ』は、『創世のアクリア』の世界を掌握すると、瞬く間に現実世界をも席巻していった。
美羅が宿していた力ーー特殊スキルによって、神のごとき力ーー『明晰夢』を授かった『レギオン』と『カーラ』のギルドマスターは絶対的な力を獲得し、人々から大いに歓迎されることになる。
美羅のご加護によって、移住や食糧、必要な生活用品などはどの人々にも安定供給され、病気や事故もなくなり、そして、紛争や天災などさえも起こることはない。
『レギオン』と『カーラ』のギルドマスターの明晰夢の力で、どの人々も自身の夢を叶えることができ、なりたい職業に就くことができる。
それは、美羅の神託を聞き続ける限り、自身の夢だけを邁進することも可能な世界。
そんな理想の世界が広がったことで、全ての人々は穏やかな平和を享受していた。
「正直なところ、僕としても、『レギオン』と『カーラ』の政策がここまで順調にいくのは意外だった」
「理想の世界……」
奏良の言葉を追随するように、望は苦々しい表情を浮かべた。
これは恐らく、『カーラ』のギルドマスターが語った、いずれ来る未来の一つーー美羅が真なる覚醒を果たした際の世界なのだろう。
この世界の有達から告げられた事実は、望にとって信じがたいものだった。
だが、美羅が覚醒し、彼女の特殊スキルを用いれば、実際にこのような世界になるのかもしれない。
「だけど、特殊スキルの使い手がいるギルドのメンバー達ーー有達は、特殊スキルによる世界改変の影響を受けないはずだ。なら、これは、『カーラ』のギルドマスターが見せている明晰夢なのか」
有達の状況を把握して、この世界の変革の真実に気づいた望の瞳が見開かれる。
特殊スキルの使い手がいるギルドのメンバー達は、特殊スキルによる世界改変の影響を受けない。
それは、愛梨のデータの集合体である美羅の場合でも同じはずだ。
だが、この世界で、そのことを認識しているのは望だけである。
それ以外は皆、かなめが見せている明晰夢自体を真実だと思っている。
その矛盾した事実が正しい歴史として紡がれていくことに、望は戦慄してしまう。
「美羅の特殊スキルは、全ての人々にご加護を与え、一部の者達に神のごとき力ーー『明晰夢』を授ける力か」
望は瞬きを繰り返しながら、かなめが語った美羅の特殊スキルの内容を思い出してつぶやいた。
「とにかく、この世界から出ないとな」
不可解な謎を前にして、望は思い悩むように両手を伸ばす。
「蜜風望」
「ーーっ!」
だが、その時、背後からかけられた声に、望の心臓が大きく跳ねた。
ゆっくりと振り返った望は、自身の予感が的中したのを目の当たりにして息を呑む。
「……椎音紘」
「この世界の原理に気づいたようだな」
望と対峙する紘に向かって、有は咄嗟に声をかけた。
「椎音紘よ、望の様子を見に来たのか?」
だが、紘は、自身に話しかけてくる有など眼中にないように望だけを見ていた。
柔和な表情。
だが、瞳の奥には確かな陰りがある。
「ーーっ」
紘のその反応を見て、有の背筋に冷たいものが走る。
望は一拍置いて動揺を抑えると、紘が口にした言葉を改めて、脳内で咀嚼した。
「この世界の原理?」
「この世界は、未来の分岐点の一つだ」
予測できていた望の疑問に、紘は訥々と語る。
「明晰夢で見せられている世界とはいえ、今後、あり得るかもしれない未来の一つだ。だからこそ、私の特殊スキル、『強制同調(エーテリオン)』によって、この世界に干渉することができる」
「あり得るかもしれない未来……」
望は顔を片手で覆い、深いため息をつくと、状況の苛烈さに参ってきた神経を奮い立たせるようにして問いかけた。
「この世界から出る方法はないのか?」
「君の特殊スキルを使えばいい」
感情のこもった言葉。
だけど、ただ事実を紡いだ言葉に、望は視線を落とす。
「俺の特殊スキルは、既に愛梨に使っているだろう」
「君は、自分のスキルの力を分かっていない。持てる力を振るわないのは罪だ」
答えになっていない返答に、望はため息をつきたくなるのを堪える。
望は意を決したように、先程と同じーーだけど、別の言葉を口にした。
「特殊スキルをどう使ったら、この世界から出られるんだ?」
「『創世のアクリア』の世界で愛梨と入れ替わる際、君の想いに応えるように愛梨の声が聞こえていたはずだ。それと同じように、今度は君が愛梨の想いに応えればいい」
長い沈黙を挟んだ後で、紘は淡々と答える。
驚きを禁じ得ない紘の発言に、望は不可解そうに首を傾げた。
「愛梨の想いに?」
「蜜風望、この世界から出られるかは君次第だ」
紘は去り際に意味深な台詞を残して、室内を出るとそのままギルドの向こうへと消えていった。
紘がいなくなった部屋は、先程までの穏やかな雰囲気を取り戻していた。
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