「もしかして、小鳥ちゃん?」
「うん。初めまして、花音さん」
花音のどこか確かめるような物言いに、小鳥は嬉しそうに応じた。
有は前に進み出ると、代表して小鳥に語りかける。
「小鳥よ。俺は、西村有だ。愛梨の様子と、『創世のアクリア』のプロトタイプ版の情報を聞きたい」
「うん。愛梨のお兄さんの代わりに、私が答えるね」
有の申し出に、小鳥は首肯し、申し訳なさそうにそう告げた。
「まずは、愛梨に会わせてほしい」
「愛梨は今、病院の先生の診察を受けているから会えないの」
有が発した願いを聞いた途端、小鳥は顔面蒼白になり、微かに肩を震わせる。
「愛梨の時間は、徐々に減ってきているの。だから、愛梨のお兄さん達は、手に入れた『創世のアクリア』のプロトタイプ版のコピーを使って、仮想世界にログインしているみたいなの」
「椎音紘達はやっぱり、プロトタイプ版のコピーを手に入れていたんだな」
小鳥の答えは、望達の想定の範疇内だった。
「うん……って、あっ! 詳しい話をする前に、望くんにアプリを渡さないといけなかった!」
「アプリ?」
望が態度で疑問を表明すると、携帯端末を手に取った小鳥は的確に情報を確認するように言い放った。
「携帯端末を出してもらえる?」
「ああ」
小鳥は携帯端末を横にかざし、視界に浮かんだゲームアプリを指で触れて、望の携帯端末にアプリそのものを移動させる。
小鳥の携帯端末から、ゲームアプリが消え失せ、望の携帯端末にそのゲームアプリが表示された。
「このアプリを使ったら、愛梨のお兄さんが持っている『創世のアクリア』のプロトタイプ版のコピーを経由してログインできるみたいなの」
「小鳥よ。つまり、このアプリを使えば、プロトタイプ版にログインすることができるのか?」
「私にもよく分からないんだけど、何故か、望くん達にそのことを伝えないといけないみたいなの。プロトタイプって、何のことかな?」
有の疑問に答える術がない小鳥は、困ったように表情を曇らせる。
小鳥は、VRMMOゲーム『創世のアクリア』をしたことがない。
だが、ゲーム内でしか知り得ない情報の数々を、たまに口にすることがあった。
「分かった。……小鳥よ、ありがとう」
『創世のアクリア』をしたことがない小鳥との間で交わされるやり取り。
明らかに異質な光景を前にしても、有は状況を理解しているように答える。
それが紘の特殊スキル、『強制同調(エーテリオン)』によってもたらされたものだと知っていたからだ。
しかし、奏良はそれでも納得できない様子で、疑問を投げかけた。
「望が『創世のアクリア』の世界に入らなかったら、愛梨の身が危険だということが分かっていた。それなら何故、もっと早く、僕達と接触しなかったんだ?」
「『創世のアクリア』のプロトタイプ版のコピーとアプリを連携させるのに、時間がかかっていたの。『創世のアクリア』のプロトタイプ版のコピーは、一つしか手に入らなくて、複製することもできなかったのよね。それに、愛梨のお兄さんの特殊スキルを用いても、コピーを一つ、手に入れるのがやっとだったから」
「ーーっ」
驚きを禁じ得ない小鳥の発言に、望達は二の句を告げなくなってしまってしまう。
「望くん。『創世のアクリア』の世界に入ったら、絶対に久遠リノアさんの前で、愛梨に変わったらダメだよ。美羅様の真なる力が、覚醒してしまうから」
「……あ、ああ」
小鳥の意味深な言葉に、望は不可解そうにしながらも噛みしめるように頷いた。
「とにかく、望、奏良、妹よ。一度、家に戻ってからログインするぞ! そうすれば、愛梨の時間は元通りになるはずだ!」
一刻の猶予もならない状況の中、有はそう決断する。
「小鳥、ありがとうな」
「小鳥ちゃん、ありがとう」
「うん」
望と花音の感謝の言葉に、小鳥の頬はとある期待を抱くように紅潮している。
「望くん。これからも愛梨のこと、よろしくね」
「ああ」
それは予感なんて優しいものじゃなかった。
望が浮かべているのは、決意に満ちあふれた笑顔。
きっとそれは、小鳥達が待ち望んでいたもの。
小鳥がーー紘達がずっと待っていた決意の言葉。
「小鳥、また、明日な」
「うん。愛梨、明日、一緒に遊ぼうね」
望が幾分、真剣な表情で言うと、小鳥はきょとんとしてから弾けるように手を合わせて笑った。
それは、いつか兄妹が思い描いた夢現の物語の終末で、新たな旅への出発点だった。
「よし、望、奏良、母さん、妹よ、行くぞ! まずはギルドへ!」
望達は帰宅後、携帯端末を掲げて早速、ログインする。
淡い光に包まれ、望達の姿は現実世界から消失した。
彼らの目指す場所は、プラネット達が待つ仮想世界だ。
現実離れした非日常は、望達の運命と密接に絡み、いつの間にか世界の命運は彼らの手に委ねられたのである。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!