幼い頃の勇太は、毎日が楽しくて仕方がなかった。日々、大好きな幼なじみのリノアと遊んで、家に帰れば優しい笑顔で家族が迎え入れてくれる。
そんな当たり前の幸せな日々。
これからも、そんな日々が続くと思っていた。
『勇太くん』
大輪の向日葵のような、思わず目を奪われるリノアの笑顔。
俺は幼い頃からリノアが好きだった。
時が廻り、季節が廻っても、この思いだけは変わらない。
変わるのはーー。
「この数は、さすがに気が滅入るな」
徹が警戒していた同じ頃、柱の陰に身を隠していたもう一人の少年は、盛大にため息をついた。
「勝てるはずないよな」
少年はーー柏原勇太は、これまでソロプレイヤーとして、一人でクエストをこなしてきたが、高位ギルドとは渡り合ったことはない。
他のプレイヤーやギルドと戦ったことはあったが、勇太は決着がつく前に戦闘を切り上げて、即座にログアウトしている。
勇太のゲーム内の日常は、モンスターを討伐したり、アイテムなどを採取した後、冒険者ギルドと宿屋を行き来するという至って平凡なスタイルだ。
熟練のソロプレイヤーなら、彼らと渡り合うことができるかもしれない。
しかし、勇太では、高位ギルドとまともにやり合っても、勝てる見込みはないだろう。
だけど、勇太はそれを分かっていながら、ここに立っている。
あの時のリノアの台詞は、どういう意味なのか。
勇太がいくら訊いても、リノアは一切反応しなかった。
クラスの担任に問いただしても、リノアがまた、家族と一緒に旅行に出かけるため、しばらく休学することを告げられただけだ。
帰宅途中に立ち寄ったリノアの家も、既に出発した後だったのか、人の気配はなかった。
高位ギルド、『レギオン』。
リノアの所属しているギルドを調べてみたところ、特殊スキルの使い手である愛梨のデータの集合体をギルドマスターとして讃えている危険なギルドと判明した。
勇太はすぐに、警察と運営に連絡を入れて、リノアとその家族の行方を探してもらった。
情報待ちの今、とにかく、相手の出方を見るよりほかにない。
そういう結論に至った勇太は、上級者クエストに向かっていた『レギオン』のギルドメンバー達に気づき、その後を追った。
尾行途中、『レギオン』のギルドメンバーに見つかって捕らえられそうになったが、機転を生かして何とかここまで切り抜けることができた。
しかしーー
もっとも、俺がここまで尾行していることもバレているんだろうな。
たとえ、そうだとしても、勇太は前に進むだけだ。
胸に吹き荒れる感情名は、勇太にも分からない。
ただ突き進む意思だけが、心で煌々と燃え盛っている。
勇太は、この塔で遭遇したリノアの様子を見てーーリノアが最後に口にした言葉の意味を理解していた。
『私が美羅様になったら、もう勇太くんが知っている『私』じゃない。だから、絶交中でも、最期のお別れを言いたかったの』
勇太は改めて、自分の記憶を洗い直す。
何故、あの時、引き留めなかったんだろうか。
何故、あの時、もっと詳しい話を聞かなかったんだろうか。
待ち望んでいたリノアとの再会は、勇太にとって悔やんでも悔やみきれないものとなった。
今のリノアは、もう俺の知っているリノアではないのかもしれない。
だけど、リノアを、あいつらの好きにはさせない。
最早変わり果てた姿となってしまったリノアの身を案じ、勇太は目を閉じる。
仮想世界だけではなく、現実世界にまで影響を及ぼしてくるギルド。
自分には、手に余る事柄だろう。
本来なら、運営が『レギオン』のギルドメンバー達のアカウントを強制に削除するか、警察が彼らを捕らえるのを待つべきだったのかもしれない。
だけど、同じクラスメイトで、いつも意気投合していた彼女。
些細な喧嘩が元で、絶交中だった彼女。
だけど、不器用な俺は、いつまでも彼女に謝ることすらできなかった。
今度こそ、彼女に謝りたい。
そして、もう一度、彼女に笑ってほしい。
だからこそ、ここで、彼女を助けることに迷う理由などない。
「行くぜ」
勇太は大剣を鞘から引き抜いて、高位ギルドの猛者に向かって身を投げ出した。
仮想世界と現実世界の境界を揺るがす運命の刻が訪れようとしていた。
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