兄と妹とVRMMOゲームと

留菜マナ
留菜マナ

第四十九話 あの日、あの瞬間②

公開日時: 2020年11月26日(木) 07:00
文字数:2,156

メルサの森のクエスト。

それは、雨雲を吸い込んでいるボスの討伐、もしくは水の魔術などで長時間、雨を降らせることで達成出来るものだ。

周囲には、これから森の中に入るために準備を整えているプレイヤーや、休憩を挟んでいるプレイヤーがひしめいている。


「お兄ちゃん、望くん、すごい森だね」


馬車に乗って、目的地のメルサの森にたどり着いた花音は、感慨深げに周りを見渡しながらつぶやいた。


「本当、すごい森だな」


花音の言葉に、望は頷き、こともなげに言う。


「なあ、今月の生活費、どうする?」

「クエストの報酬と『ネモフィラの花束』を換金したら、しばらくは大丈夫だろう」

「なら、夕食を終えたら、再び、ゲームにログインして幻想郷『アウレリア』の復興祭に行こうぜ!」

「おっ、いいな!」


望達が、森から出てきた別ギルドのプレイヤー達とすれ違う度に、些細な会話が耳に入る。

『創世のアクリア』のゲーム内のポイントを稼いで生活している人達の多くは、ゲームにログインしっぱなしで暮らしていた。

主にクエストの報酬、生成したアイテムを換金しながら、無限に広がる幻想の世界を満喫している。

中には、街に店を構えたり、露店商を営んで生活しているプレイヤーも多い。


「メルサの森のクエストか。今回はボス戦の時に、他のギルドと遭遇する可能性があるな」

「その通りだ、望よ。今回のクエストは、他のギルドと協力してボスを討伐することも認められている。恐らく、望を狙う高位ギルドは、ボス戦の前ーーもしくはボス戦が始まった瞬間に割って入ってくる可能性があるな」


望の懸念に、有はインターフェースで表示したメルサの森のマップを視野に入れながら同意する。


「高位ギルドの人達、空を飛ぶボスよりも厄介そうだよね。一本釣りの要領で翻弄できるかな?」

「……ふん」


花音が率直な感想を述べると、奏良は不満そうに目を逸らした。


「それで何とかなるのなら、苦労していない」

「もう、奏良くん! 愛梨ちゃんのために、ボス戦、頑張ろうよ!」

「……花音。何故、そこで愛梨の名前を出すんだ?」


花音のどこか確かめるような物言いに、奏良は不快そうに顔を歪める。


「何だ、奏良。高位ギルドの妨害を気にしているのか? 確かに『アルティメット・ハーヴェスト』の監視は、今回も鶫原徹の可能性が高いからな」

「鶫原徹……」


有が神妙な面持ちで告げると、奏良は不意を突かれたように顔を硬直させる。


「何で、あんな男が、望と愛梨の監視をしているんだ」

「鶫原徹は、『アルティメット・ハーヴェスト』の中でも幹部クラスの実力者だからな」

「ーーっ」


有がもっともな意見を告げると、奏良の愛執に亀裂が走った。


「奏良よ、そういうことだ。『キャスケット』の動向を、複数の高位ギルドが刮目している。この状況は絶対的な危機かもしれないが、最大のチャンスに変えることもできる。もしかしたら、望を通して、愛梨におまえの活躍が伝わるかもしれないからな」

「分かった。愛梨のために、僕はこの森のボスを何度でも討伐しよう」

「ーーっ」


有に上手く丸め込まれている奏良を見て、森を見据えた望は申し訳ない気持ちに苛まれたのだった。






望達は全く気がついていなかったのだが、そんな彼らの様子をじっと見つめている少年がいた。


『何で、今回も、俺が監視していることがバレているんだ』


一気団結する望達の姿を視野に納めて、『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドメンバーである鶫原徹は気まずそうに目を瞬かせる。

徹は今回、複数の高位ギルドと遭遇することに備えて、契約している精霊『シルフィ』の力によって、姿を消していた。

『シルフィ』は、音の遮断以外にも、その気になれば気配遮断、魔力探知不可まで行うことができる。

その分、魔力消耗は激しいが、徹自身も現時点で複数の高位ギルドとやり合うのは避けたかった。


『今回も、蜜風望の監視をしろ、って言われたけれど、紘はこの展開を予測していたのかもな』


望達がメルサの森に入るところを見届けると、徹は考え込む仕草をした。


『俺も、急いで後を追わないとな』

「手嶋賢様、了解しました」


徹がそう告げたその瞬間、木の上から不可解な電子音のやり取りが聞こえてくる。


「ニコットはこのまま、蜜風望の監視を続行します」

『……あいつ、『レギオン』のNPC?』


無邪気に嗤う少女ーーニコットの発言を聞いて、徹は嫌な予感がした。

徹が警戒するように周囲を見渡すと、いつの間にか、『レギオン』のギルドメンバーであろう者達が配置されている。

メンバー全員、気配を消していたためか、徹はこの時まで彼らの存在に気づかなかった。


『ーーっ』


目の前の不穏な光景に、徹の背中を嫌な汗が流れる。

しかし、姿を消している徹の存在には気づかずに、太い枝の上から望達を観察していたニコットは淡々と報告した。


「はい。契約に従い、蜜風望の監視と美羅様へのシンクロを継続していきます」


ニコットはそう告げると、『レギオン』のメンバー達の指示に従って枝から枝へと移っていった。

『レギオン』のメンバー達も、彼女の後に続いていく。


『紘の話では、今回は『レギオン』以外にも、『カーラ』がいるかもしれないんだよな。『キャスケット』を狙う、高位ギルド同士の三つ巴の戦いになりそうだな』


残された徹は改めて周囲を確認した後、望達の下へと急いだのだった。


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