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留菜マナ
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第ニ百十一話 星が溶けた世界で⑦

公開日時: 2021年4月16日(金) 16:30
文字数:1,631

「まだ、もう一体、いたのか!」

「まだ、もう一体、いたの!」


望とリノアは、徹の背後から現れたベヒーモスを見て驚愕する。


「一体ではありません」


その時、凛とした声が牢獄内に響き渡った。

望達が一斉に振り返ると、その人物は身に纏っていたフードを取り払った。

紫水晶の瞳に、作り物のような繊細な顔立ち。

『カーラ』のギルドマスターである少女ーーかなめは、無感動に望達を見つめる。


「お待ちしておりました」

「あの人は確か……!」


かなめの意味深な微笑みに、後ずさった勇太は困惑したように驚きの表情を浮かべる。


「マスター。さらに、ベヒーモスが複数、出現するのを感知しました」

「『カーラ』が、新たに喚んだモンスターか。これが、中級者ダンジョンにベヒーモスの大群が居る理由というわけか。ここから逃げるのは不可能だな」


プラネットの警告に、奏良は不満そうに前方から視線を逸らした。


「どうなっているんだ?」

「どうなっているの?」

「待ち伏せされていたのかもな」


望とリノアの疑問に応えるように、徹は考え込む仕草をした。


「ここまでようこそ、『キャスケット』の諸君」

「「なっ!」」


鋭く声を飛ばした望とリノアは、背後に立つプレイヤー達の存在に気づいた。

全員が白いフードを身につけ、それぞれの武器を望達に突きつけてくる。

信也を先頭に並んでいることから、恐らく、全員が『カーラ』の一員なのだろう。


「いつから付けられていたんだ?」


奏良が警戒するように周囲を見渡すと、いつの間にか、『カーラ』のギルドメンバーであろう者達が牢獄の入口を封鎖している。

メンバー全員、気配を消していたためか、望達はこの時まで背後にいた彼らの存在に気づかなかった。


「ーーこいつら、いつの間に?」


目の前の不穏な光景に、勇太の背中を嫌な汗が流れる。

しかし、勇太の動揺をよそに、彼女達は強固な防衛線を築き上げていた。


「お兄ちゃん、どうしたらいいのかな?」

「妹よ、心配するな。今、突破口を探している」


花音の悲痛な想いに応えるべく、有は周囲を窺ったが、包囲の一角を切り崩す術は見つからない。


「かなめ様、信也様、ご命令を!」

「賢様は、私達に約束してくれました。女神様のーー美羅様のご加護を」


『カーラ』のギルドメンバー達の剣幕をよそに、前に進み出たかなめは静かな声音で告げる。


「ならば、私達はそれに報いる限りです」


かなめは子守歌のように言葉を紡ぐと、自身の魔術のスキルを発動させた。


『我が愛しき子よ』


かなめとベヒーモス達の周りに、魔方陣のような光が浮かぶ。


『我が敵を滅ぼしなさい』


かなめが神々しくそう唱えると、光に包まれたベヒーモス達は忠誠を誓うように頭を垂れた。

やがて、かなめの光の魔術のスキルによって、新たな力を得たベヒーモス達は、相対する光龍を睥睨した。

先程、光龍から受けたダメージなどなかったように佇むベヒーモス達を見据えて、徹は苦々しく唇を噛みしめる。


「……『再生能力』を付与させたんだな」


事態の急転を受けて、徹は状況を整理してみる。

望達には内密に、イリス達が『サンクチュアリの天空牢』の外で警護をしている。

そのおかげで、望達に集中していた『カーラ』のギルドメンバー達の戦力は分散されているはずだ。

しかし、不利な状況に立たされているのにも関わらず、かなめ達の様子には焦りの色はない。


何かを企んでいるんだろうなーー。


こちらの心境を、相手側に悟られるわけにはいかない。

徹は冷静を装って、望達の戦局を視認する。


「ベヒーモス達には光の加護を与えました。蜜風望、あなたなら、この意味が分かりますね?」

「「ーーっ」」


あまりにも単刀直入な疑問に、望とリノアは言葉に詰まる。

かなめによる光の加護。

それはメルサの森の出来事を想起させた。


『エアリアル・アロー!』


奏良が唱えると、無数の風の矢が一斉に、『カーラ』のギルドメンバー達が召喚したモンスター達へと襲いかかった。

HPを示すゲージは0になったものの、ベヒーモス達はすぐに完全復活して青色の状態に戻ってしまう。

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