「まだ、もう一体、いたのか!」
「まだ、もう一体、いたの!」
望とリノアは、徹の背後から現れたベヒーモスを見て驚愕する。
「一体ではありません」
その時、凛とした声が牢獄内に響き渡った。
望達が一斉に振り返ると、その人物は身に纏っていたフードを取り払った。
紫水晶の瞳に、作り物のような繊細な顔立ち。
『カーラ』のギルドマスターである少女ーーかなめは、無感動に望達を見つめる。
「お待ちしておりました」
「あの人は確か……!」
かなめの意味深な微笑みに、後ずさった勇太は困惑したように驚きの表情を浮かべる。
「マスター。さらに、ベヒーモスが複数、出現するのを感知しました」
「『カーラ』が、新たに喚んだモンスターか。これが、中級者ダンジョンにベヒーモスの大群が居る理由というわけか。ここから逃げるのは不可能だな」
プラネットの警告に、奏良は不満そうに前方から視線を逸らした。
「どうなっているんだ?」
「どうなっているの?」
「待ち伏せされていたのかもな」
望とリノアの疑問に応えるように、徹は考え込む仕草をした。
「ここまでようこそ、『キャスケット』の諸君」
「「なっ!」」
鋭く声を飛ばした望とリノアは、背後に立つプレイヤー達の存在に気づいた。
全員が白いフードを身につけ、それぞれの武器を望達に突きつけてくる。
信也を先頭に並んでいることから、恐らく、全員が『カーラ』の一員なのだろう。
「いつから付けられていたんだ?」
奏良が警戒するように周囲を見渡すと、いつの間にか、『カーラ』のギルドメンバーであろう者達が牢獄の入口を封鎖している。
メンバー全員、気配を消していたためか、望達はこの時まで背後にいた彼らの存在に気づかなかった。
「ーーこいつら、いつの間に?」
目の前の不穏な光景に、勇太の背中を嫌な汗が流れる。
しかし、勇太の動揺をよそに、彼女達は強固な防衛線を築き上げていた。
「お兄ちゃん、どうしたらいいのかな?」
「妹よ、心配するな。今、突破口を探している」
花音の悲痛な想いに応えるべく、有は周囲を窺ったが、包囲の一角を切り崩す術は見つからない。
「かなめ様、信也様、ご命令を!」
「賢様は、私達に約束してくれました。女神様のーー美羅様のご加護を」
『カーラ』のギルドメンバー達の剣幕をよそに、前に進み出たかなめは静かな声音で告げる。
「ならば、私達はそれに報いる限りです」
かなめは子守歌のように言葉を紡ぐと、自身の魔術のスキルを発動させた。
『我が愛しき子よ』
かなめとベヒーモス達の周りに、魔方陣のような光が浮かぶ。
『我が敵を滅ぼしなさい』
かなめが神々しくそう唱えると、光に包まれたベヒーモス達は忠誠を誓うように頭を垂れた。
やがて、かなめの光の魔術のスキルによって、新たな力を得たベヒーモス達は、相対する光龍を睥睨した。
先程、光龍から受けたダメージなどなかったように佇むベヒーモス達を見据えて、徹は苦々しく唇を噛みしめる。
「……『再生能力』を付与させたんだな」
事態の急転を受けて、徹は状況を整理してみる。
望達には内密に、イリス達が『サンクチュアリの天空牢』の外で警護をしている。
そのおかげで、望達に集中していた『カーラ』のギルドメンバー達の戦力は分散されているはずだ。
しかし、不利な状況に立たされているのにも関わらず、かなめ達の様子には焦りの色はない。
何かを企んでいるんだろうなーー。
こちらの心境を、相手側に悟られるわけにはいかない。
徹は冷静を装って、望達の戦局を視認する。
「ベヒーモス達には光の加護を与えました。蜜風望、あなたなら、この意味が分かりますね?」
「「ーーっ」」
あまりにも単刀直入な疑問に、望とリノアは言葉に詰まる。
かなめによる光の加護。
それはメルサの森の出来事を想起させた。
『エアリアル・アロー!』
奏良が唱えると、無数の風の矢が一斉に、『カーラ』のギルドメンバー達が召喚したモンスター達へと襲いかかった。
HPを示すゲージは0になったものの、ベヒーモス達はすぐに完全復活して青色の状態に戻ってしまう。
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