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留菜マナ
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第九十ニ話 この声はずっと届かない④

公開日時: 2020年12月19日(土) 16:30
文字数:1,268

痛いような沈黙。

どこまでも激しく降る雨が、望達の脳内で弾ける。

有が沈痛な面持ちを浮かべたまま、おもむろに口を開いた。


「鶫原徹よ。美羅の器になった者はその後、どうなる?」


その後という言葉を聞いた瞬間、徹の瞳に複雑な感情が入り乱れる。


「美羅を宿した少女は、虚ろな生ける屍になる。仮想世界における美羅ーーいわゆる、マリオネットのような存在だ。だけど、『レギオン』は、少女が美羅と同化できれば、美羅は現実世界でも目覚め、世界は救われると盲信しているんだよ」

「ーーっ」


簡潔な言葉。

だが、その答えの描く醜悪さに、望達は絶句する。


『蜜風望、そして椎音愛梨。女神様のために、その全てを捧げなさい。あなた方の意思は、未来永劫、女神様の意思へと引き継がれていくのですから』


かなめが語った言葉が、唐突に望の脳裏をかすめた。

美羅の器に選ばれてしまえば、その少女は美羅の器として、自我のないまま、永遠に生き続けていくことになるだろう。

無辜(むこ)の少女は、生命活動以外を封じられて、ただただ、美羅のーー望と愛梨の意思を受け止めるだけの存在に成り果てる。

全ては、彼らが告げる世界の安寧のためにーー。


「それが、美羅の完全な覚醒か」


絶望的な状況下に立たされたように、望の思考が掻き乱されていく。


「『レギオン』と『カーラ』。愛梨のデータの集合体である美羅を、神として崇めているギルドか。どこまで信憑性のある話なのか判断がつかんな」


徹の説明に、奏良は壁に背を預けて、疲れたように大きく息を吐いた。


「その話が事実なら、愛梨はこれからもログインさせない方がいいな。それに美羅の器の候補者の中で、最も適正が合うのは愛梨ーーいや、この場合、望と同じく、美羅とシンクロする側だから、愛梨は含まれないのか」


奏良は紘が告げた言葉を思い返して、渋い顔をする。


「俺が語れるのはここまでだ」


徹は考え込む素振りをしてから、改めて望達を見据えた。


「鶫原徹よ、協力してくれて助かった。そして、手間を取らせてしまってすまない」

「ああ」


有の感謝の言葉に、徹は照れくさそうに答える。


「望、無理はするなよな。何かあったら、すぐに俺達に知らせろよ」

「望、無理しないで」

「ああ、ありがとうな」


徹とシルフィの配慮に、望は苦笑する。

一通りの話が終わったところで、徹は望達に別れを告げ、『キャスケット』のギルドを出ていった。

徹達が立ち去ると、街の賑わいが再び、戻ってくる。


「美羅の器になる少女か」


雲天の雲間から一瞬だけ差し込んだ月の光が眩しくて、望は右手でひさしを作った。


月はただ、皓々(こうこう)とギルドを照らす。

特殊スキルの使い手を狙うプレイヤー達によって焼かれ、砕かれ、無惨極まる姿に成り果ててしまったギルドのなれの果てを。

それらは、どんなものにも必ず訪れる終焉の兆しかもしれない。

しかし、どれだけの間違いを繰り返してきても、積み重ねられてきた想いだけは消えない。


たとえ、俺達が望む未来への道が途絶えたとしても――。


その事実が、望の心に重くのしかかったまま、『キャスケット』のギルドの修復は着々と進んでいった。

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