痛いような沈黙。
どこまでも激しく降る雨が、望達の脳内で弾ける。
有が沈痛な面持ちを浮かべたまま、おもむろに口を開いた。
「鶫原徹よ。美羅の器になった者はその後、どうなる?」
その後という言葉を聞いた瞬間、徹の瞳に複雑な感情が入り乱れる。
「美羅を宿した少女は、虚ろな生ける屍になる。仮想世界における美羅ーーいわゆる、マリオネットのような存在だ。だけど、『レギオン』は、少女が美羅と同化できれば、美羅は現実世界でも目覚め、世界は救われると盲信しているんだよ」
「ーーっ」
簡潔な言葉。
だが、その答えの描く醜悪さに、望達は絶句する。
『蜜風望、そして椎音愛梨。女神様のために、その全てを捧げなさい。あなた方の意思は、未来永劫、女神様の意思へと引き継がれていくのですから』
かなめが語った言葉が、唐突に望の脳裏をかすめた。
美羅の器に選ばれてしまえば、その少女は美羅の器として、自我のないまま、永遠に生き続けていくことになるだろう。
無辜(むこ)の少女は、生命活動以外を封じられて、ただただ、美羅のーー望と愛梨の意思を受け止めるだけの存在に成り果てる。
全ては、彼らが告げる世界の安寧のためにーー。
「それが、美羅の完全な覚醒か」
絶望的な状況下に立たされたように、望の思考が掻き乱されていく。
「『レギオン』と『カーラ』。愛梨のデータの集合体である美羅を、神として崇めているギルドか。どこまで信憑性のある話なのか判断がつかんな」
徹の説明に、奏良は壁に背を預けて、疲れたように大きく息を吐いた。
「その話が事実なら、愛梨はこれからもログインさせない方がいいな。それに美羅の器の候補者の中で、最も適正が合うのは愛梨ーーいや、この場合、望と同じく、美羅とシンクロする側だから、愛梨は含まれないのか」
奏良は紘が告げた言葉を思い返して、渋い顔をする。
「俺が語れるのはここまでだ」
徹は考え込む素振りをしてから、改めて望達を見据えた。
「鶫原徹よ、協力してくれて助かった。そして、手間を取らせてしまってすまない」
「ああ」
有の感謝の言葉に、徹は照れくさそうに答える。
「望、無理はするなよな。何かあったら、すぐに俺達に知らせろよ」
「望、無理しないで」
「ああ、ありがとうな」
徹とシルフィの配慮に、望は苦笑する。
一通りの話が終わったところで、徹は望達に別れを告げ、『キャスケット』のギルドを出ていった。
徹達が立ち去ると、街の賑わいが再び、戻ってくる。
「美羅の器になる少女か」
雲天の雲間から一瞬だけ差し込んだ月の光が眩しくて、望は右手でひさしを作った。
月はただ、皓々(こうこう)とギルドを照らす。
特殊スキルの使い手を狙うプレイヤー達によって焼かれ、砕かれ、無惨極まる姿に成り果ててしまったギルドのなれの果てを。
それらは、どんなものにも必ず訪れる終焉の兆しかもしれない。
しかし、どれだけの間違いを繰り返してきても、積み重ねられてきた想いだけは消えない。
たとえ、俺達が望む未来への道が途絶えたとしても――。
その事実が、望の心に重くのしかかったまま、『キャスケット』のギルドの修復は着々と進んでいった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!