望達が現実世界に戻った翌日の夕方ーー。
「美羅様!」
「美羅様に会わせてくれ!」
リノアが入院している病院の前は相変わらず、熱狂的な美羅の信者達によって溢れ返っていた。
「リノア……」
聴衆が未だ熱狂覚めやらぬ中、勇太は今も眠り続けているリノアの看護をしていた。
中学校から帰宅後、すぐにリノアが入院している病院を訪れたのだ。
病院から退院の申請を拒否されたリノアの両親は、救世の女神である美羅ーーリノアを一目見ようとする訪問者達を必死に引き留めている。
美羅の信者ーーそれは、この病院の医者や看護師達もだ。
「ああ……。美羅様を診察することができるなんて素晴らしい……」
「美羅様の目覚める瞬間に立ち会いたいわ」
リノアの診察を終えた医者と看護師達が揃って、美羅を敬い崇めている。
その様子を辛辣そうな表情で見送ると、リノアの両親は勇太に向き直った。
「勇太くん。いつも、リノアのお見舞いに来てくれてありがとう」
「……ああ」
リノアの父親の感謝の言葉を聞きながら、勇太はリノアがこうなってしまった理由に固執する。
高位ギルド、『レギオン』。
リノアとリノアの両親が所属していたギルドであり、特殊スキルの使い手の一人を元にしたデータの集合体ーー美羅をギルドマスターとして讃えている危険なギルドだ。
美羅と同化したことで、リノアは現実世界では目を覚ますことはなく、眠り続けている。
仮想世界では、リノアを取り戻すことが出来たが、そこに本来の彼女の意思はない。
押し寄せる不安の中、勇太が確信したのは、このまま手をこまねいていては、もう二度と以前の彼女に会えなくなってしまうということだった。
その疑念を払拭するため、勇太は必死に訴え続けた。
「リノア、絶対に助けてみせるからな!」
勇太の悲痛な叫びに、リノアの返事は返ってこない。
先程と変わらず、眠り続けているだけだ。
「俺のーー俺達の望みは、本来のおまえが目を覚ますことだからな」
「リノア……」
勇太の強い言葉に、病室のドアを閉めたリノアの父親は蚊が鳴くような声でつぶやいて、自分の袖を強く握りしめる。
そこで勇太は背中に痺れるような感覚が迸った。
「何だ……?」
「おや? 残念。気付かれてしまったか」
独り言じみた勇太のつぶやきにはっきりと答えたのは、リノアの両親ではなく、全くの第三者だった。
驚きとともに振り返った勇太達が目にしたのは、この病院の医者の一人ーー信也だった。
「何しに来たんだ……?」
「もちろん、彼女の――美羅様の経過を看るために」
「……っ」
信也の即座の切り返しに、勇太は胡散臭そうに睨みつける。
信也は、勇太達に一瞥くれて言い直した。
「……というのは口実で、美羅様に会いに来たと言えば伝わるかな」
「やっぱり、リノアを狙ってきたのか!」
「そう取ってもらっても構わないよ」
勇太の否定的な意見を、信也は予測していたように作業じみたため息を吐いた。
信也はリノアに視線を向けると一転して、柔和な笑みを浮かべる。
「美羅。君は今も、彼女の中で生き続けているのか」
「リノアを元に戻せ!」
勇太は冷めた視線を突き刺すと、そのまま容赦なく追及する。
「『レギオン』と『カーラ』の関係者達がいる病院。こんな狂っている病院から、絶対にリノアを救ってみせるからな!」
「退院の手続きは、もはや君達の一任だけでは決められないはずだ」
思いの丈をぶつられた信也は、その全てを正面から受け止めた上で、あくまでも笑顔を崩さない。
「君達がいくら頑張っても、彼女がこれからもこの病院にいることは変わらない」
「だったら、何で仮想世界ではリノアを手放したんだ!」
「美羅様の真なる力の発動を促すためだ」
怪訝な表情で双眸を細める勇太を気に留めることもなく、信也は磊落(らいらく)に嗤う。
「君達の側にいれば、私達の求めている美羅様の真なる力の発動はいずれ実現するからな」
「そんなことさせないからな!」
悠然と佇む信也に向かって、勇太は自分の意思を貫いた。
「残念だ。私は、美羅様と話をしたかっただけなのにな」
勇太の言葉を聞いて、信也は失望した表情を作った。
「また、会おう」
微笑とともに決然とした言葉を残して、信也はリノアが眠る病室を後にした。
「ーーっ」
信也の来訪は、一瞬にして病室の空気を硬化させた。
それは、信也が立ち去った後もなお、続いている。
勇太は携帯端末を横にかざし、視界に浮かんだゲームアプリを指で触れて表示させた。
『創世のアクリア』のプロトタイプ版。
勇太は望達から聞かされた真実を思い返して、複雑な思いを滲ませる。
現実とは違う世界に胸を高鳴らせて、かってない冒険に心踊らせた。
ありとあらゆることに一喜一憂したあの輝かしい日々が、全て『レギオン』と『カーラ』の関係者――開発者達によって作られたものだと分かっても簡単に割り切ることなんて出来なかった。
だが、今はリノアを元に戻す方法を探すことに集中するべきだった。
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