「『星詠みの剣』!」
賢が剣を掲げた瞬間、賢の周りに淡い光が纏う。
その瞬間、賢のHPゲージは、あっという間に瀕死の赤色から青色に戻っていた。
「なっ!」
予想もしていなかった現象に、望は虚を突かれたように呆然とする。
「『星詠みの剣』の光の魔術の付与効果。それは『完全回復』だ」
「完全回復……」
賢は再び、ニコットの方に振り返ると、一呼吸置いてから付け加えた。
「つまり、君が私を倒すためには、一撃必殺の攻撃を放って、私を戦闘不能にするしかなかったということだ」
「一撃で……」
賢の表情を見て、望は察してしまった。
一撃必殺を決めるためには、圧倒的な強さが必要になる。
特殊スキルの力をまだ上手く使いこなせていない望には、それは不可能に近いことだろう。
「さて、引き分けの場合、お互いの条件を呑むかたちでどうだろうか?」
「ーーっ」
賢の提案に、望は不信感を抱いたまま、表情を険しくする。
「手嶋賢よ。まるで、こうなることを望んでいたような言い方だな」
押し黙ってしまった望の代わりに、罠を全て解除した有は核心に迫る疑問を口にする。
有が抱いた疑惑については、続く賢の説明で徐々に具体性を帯びてきた。
「君達がクエストを破棄するために、『カーラ』のギルドホームを訪れることは分かっていたからな。それを利用させてもらった」
驚きを禁じ得ない賢の発言に、望達は二の句を告げなくなってしまってしまう。
奏良はそれでも納得できない様子で、疑問を投げかけた。
「僕達が、ここに来ることは分かっていた。そして、その上で、この不当な取引に持ち込んだ。なら、何故、先程、望へのシンクロを取り止めたんだ?」
「取引が成立していなかったからな。あくまでも君達の承諾を得た上で、美羅様を覚醒させたい」
率直極まりない賢の発言に、望達は嫌悪の表情を浮かべる。
「私達は承諾していないよ!」
「なら、今から承諾してもらおうか」
花音がはっきりと拒絶の言葉を叩きつけると、賢は吹っ切れたような言葉とともに不敵な笑みを浮かべた。
「蜜風望。美羅様の真なる覚醒には、君の力が必要だ」
「悪いけれど、俺は協力するつもりはない」
ゆっくりと手を差し出した賢の誘いに、望はきっぱりと否定する。
「そうか。なら、君がログインした瞬間を狙って、美羅様とシンクロさせよう。君は椎音愛梨のために、これからもこの世界にログインするようだからな」
「そのことまで知っているのか」
賢の静かな決意を込めた声。
付け加えられた言葉に込められた感情に、望達は戦慄した。
「君達の望みどおり、クエストは破棄しておこう。だが、それと引き換えに、私達の望みも叶えてもらおうか」
「……考えられる限り、最悪に近い取引だな」
全て見透したような賢の提案に、徹は恨めしそうに唇を尖らせる。
「とにかく、愛梨も紘も、そして望も、おまえ達に渡すつもりなんてないからな!」
「いずれ来(きた)る未来、特殊スキルの使い手達は、私達の手中に入ります。その時に、あなた方も、私達の望んだ理想の世界が間違っていなかったことを知るはずです」
徹の叫びをよそに、かなめはあくまでも理想を口にしながら後退する。
美羅のもとまで歩み寄ると、賢は悩みを振り払うように首を横に振った。
「美羅様、どうかお目覚め下さい」
物言わぬ美羅の前で片膝をつくと、賢は丁重に一礼する。
それでも変わらぬ美羅の表情を目の当たりにした瞬間、賢のまとう空気が一変した。
「ニコットを通して、蜜風望の意識と同調させるしかないか」
立ち上がった賢は一呼吸置いて、異様に強い眼光を美羅に向ける。
「かなめ、ニコット。今すぐ、蜜風望と美羅様を同調させろ」
「はい」
「了解しました」
賢の命令に、かなめとニコットは速やかに従った。
『我が愛しき子よ』
かなめは子守歌のように言葉を紡ぐと、自身の光の魔術のスキルを発動させた。
望の周りに再び、魔方陣のような光が浮かぶ。
『我が願いを叶えなさい』
「望くん!」
「望!」
花音とシルフィが止める暇もなく、望はかなめの魔術によって光に包まれる。
「……っ」
先程と同じ、異常な寒気と倦怠感。
まるで脳を直接触られるような不快感に、望は頭を押さえる。
「……っ」
目を覚ました美羅も、望と同じように苦痛の表情を浮かべていた。
「さあ、美羅様、戻りましょう」
賢は優しく微笑むと、美羅の手を取った。
ようやく触れることができた愛しい女神を前にして、賢は感極まったように笑みを深める。
「アクアスライム!」
事の成り行きを見守っていた隼が、アクアスライムを召喚する。
「さて、今回はこのまま、お帰り願おうか」
「ま、待て!」
隼の言葉に、事態を察知した徹は呼び止める。
しかし、アクアスライムが望達の目前まで迫った瞬間ーー何の脈絡もなく、目前の光景が切り替わった。
先程まで『カーラ』のギルドホームにいたはずが、望達はいつの間にか、街の片隅にある食事処へと戻ってきていたのだった。
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