放課後ーー。
夕闇色の空を背景に、紘と愛梨が並んで歩いていた。
駅に着いた紘達は、足早に人込みの中を歩き、近くのショッピングモールに立ち寄る。
「徹はまだ、来ていないみたいだな」
「……うん」
待ち合わせの相手である徹が来ていないことに気づくと、紘と愛梨はショッピングモールに置かれている商品に視線を巡らせる。
棚には、様々な商品が並べられていた。
紘達が居る一階には食料品から土産物、レストラン街、上階には本、雑貨などの日用品から、衣服、装飾品、VRMMOゲームの関連のお店もある。
お見舞い品として買えそうな店頭には、幾つものお菓子が紹介されたインターフェースホログラフィーが表示されていた。
「すごい……」
目の前に映し出される様々な光景に、愛梨は息を呑み、驚きを滲ませる。
紘と愛梨がショッピングモール内を散策していると、いつの間にか、待ち合わせの場所へと戻ってきていた。
「そろそろ、徹が来る頃だな」
紘は毅然とした態度で周囲を見渡すと、携帯端末に表示された時間を確認しようとしたーーその時だった。
「紘、愛梨、遅くなってごめんな!」
「ーーーーーーっ!」
唐突に響いた少年の声と自動ドアが開く音に、愛梨は声にならない悲鳴を上げる。
「よお、愛梨!」
「…………っ」
徹の気楽な振る舞いに、愛梨は怯えたように紘の背後に隠れた。
「そうやってすぐ隠れるところは、いつまでも変わらないな」
「徹。愛梨を驚かせるな」
徹が陽気な声で言うと、紘は不服そうに眉をひそめる。
徹は仕切り直すと、興味深そうに棚に並ぶ商品を見渡した。
「なあ、愛梨。これなんか、すごくないか?」
「……あっ」
徹の薦めに、愛梨は小さく声を漏らし、棚に置かれたお菓子を見つめた。
「……ふわふわしたお菓子」
愛梨はお菓子に向かって指を動かし、視界に浮かんだ商品名と内容、値段などを確認する。
愛梨の視線がお菓子に釘付けになったところで、紘は改めて切り出した。
「徹、どうだった?」
「おっ、そうだった」
紘の指摘に、徹は鞄から携帯端末を取り出す。
「メッセージでも伝えたことだけどな」
そう前置きして、徹は沈痛な面持ちで語る。
「他のメンバー達が調べた内容を収集した結果、紘が懸念したとおり、リノアは吉乃信也が医師を勤めている病院から退院出来なくなっていた。勇太とリノアの両親が退院の手続きを取りたくても、国や医療機関からの圧力がかかって承認されなかったんだよな」
「そうか」
徹の報告に、紘はほんの一瞬、戸惑うように息を呑んだ。
そんな紘の反応に、徹は表情を緩めて軽く肩をすくめてみせる。
「だけど、ここまで紘の啓示どおりだと、空恐ろしくなってくるな」
「だが、私の力も完璧ではない。同じ特殊スキルの使い手の力が働けば、それを覆されてしまうこともある」
紘は神妙な面持ちで、店頭のホログラフィーを眺める。
今回、紘は徹達に、現実世界のリノアの救出を依頼していた。
自身の特殊スキル『強制同調(エーテリオン)』によって、『レギオン』と『カーラ』による、今後の企みを事前に織(し)っていたからだ。
それゆえに、『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドメンバー達と連絡を取り、周辺の動向を念入りに探らせている。
しかし、現実世界のリノアを救うところまでは至らなかった。
今も、退院の手続きを取る手段も見つからないまま、試行錯誤し、燻り続けている。
その理由は、同じ特殊スキルの使い手である美羅ーーリノアの力が、ゲーム内で望を通して何度も働いた結果だ。
美羅が覚醒したことで、紘の意思とは無関係に、『レギオン』側の思惑どおりの未来が選び抜かれてしまった。
実際、『カーラ』のギルドホームでの戦いでも、王都、『アルティス』の防衛戦と並行して特殊スキルを使用したことで、美羅の力によって出し抜かれてしまっている。
他の一件でも、美羅が覚醒したことで紘の思惑どおりには事を運べなくなってしまった。
暗澹たる思いでため息を吐いた紘は、悔やむように語気を強めた。
「愛梨と蜜風望を渡すわけにはいかない」
「……ああ」
「そのためなら、私は何でもする」
「俺も、愛梨と望を護ることができるなら、何でもする」
紘の決意に応えるように、徹は携帯端末を強く握りしめる。
「特殊スキルの力に目を付けて、私欲のために利用しようとしている連中がいる」
激情と悲哀、様々な感情が渦巻く無窮の瞳で、紘は選び取った未来を垣間見た。
「なら、私はこれからもこの力を用いて、愛梨が幸せになれる未来を選び抜いていくだけだ」
様々な情念が去来する中、紘は導き出した一つの結論に目を細めた。
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