「電磁波を防いだだと?」
「鶫原徹の召喚した精霊の力ですね。鶫原徹は複数、召喚の契約を交わすことができる使い手。召喚者との距離が離れた状態で使役することなど、たわいもないのでしょう」
隼の疑問に捕捉するように、かなめは軽やかにつぶやいた。
「蜜風望、そして、椎音愛梨。女神様の完全な覚醒のために、おまえ達を頂きます」
「…………っ」
かなめは席を立つと、あくまでも事実として突きつけてきた。
室内にいた『カーラ』のギルドメンバー達全員が、それぞれの武器を望達に突きつけてくる。
「望!」
かなめ達の存在に気づいたシルフィは息を呑み、驚きを滲ませた。
「シルフィ。俺から離れるな」
「うん」
望は、自身の周りを浮遊するシルフィに言い聞かせる。
シルフィは、音の遮断以外にも、その気になれば気配遮断、魔力探知不可まで行うことができた。
だが、基本的には援護、補助系の力しか持たない。
今回のように、『カーラ』のギルドメンバー達に囲まれている状態では、この場から離脱しなくてはシルフィの力を生かせなかった。
「武器がない状態で、この場から逃げ出すことなど不可能のはずです。ご協力を頂けたら、仲間の方はすぐに解放します」
「悪いけれど、俺は協力するつもりはない」
かなめの戯れ言に、望は不満そうに表情を歪める。
蒼の剣は、望達が捕らえられた際に奪われてしまっていた。
「協力して頂くためには、実際に体験して頂くしかないようですね」
「体験?」
かなめのその反応に、望の背筋に冷たいものが走った。
「それって、どういうことなんだ?」
そう問いかけてきた望をまっすぐに射貫くと、かなめは静かな声音で真実を告げる。
「蜜風望。私達はかって、美羅様のご加護によって、神のごとき力を授かりました。それは、世界を覆す力です」
「なっーー」
「ーーっ」
そのかなめの言葉を聞いた瞬間、望とシルフィは息を呑んだ。
「あなた方は、『明晰(めいせき)夢(む)』というものをご存知ですか。夢であることを自覚し、夢の状況を自分の思いどおりに変化させられる夢のことです。私達はかって、美羅様のご加護によって、その力を授かりました」
そう前置きして、かなめから語られたのは、望達の想像を絶する内容だった。
「ですが、私達がかって授かった力は、本来の明晰夢とは異なります。私達が見ている明晰夢を、現実で起きていることだと錯覚させ、世界の状況を一時的に私達の思いどおりに変化させられる力です」
「ーーっ!」
あまりにも衝撃的な事実を突きつけられて、望は二の句を告げなくなってしまっていた。
どこまでも激しく降る雨が、望の脳内で弾ける。
もし、美羅が真なる覚醒を果たし、かなめ達に再び、その力が宿ったとしたら、確かにそれは彼女達にとって幸せの約束された理想の世界だろう。
望達がどれだけ目を背けても、どれだけ拒み続けても、いつか来る理想の世界には抗えない。
だが、望はそこで紘の特殊スキル、『強制同調(エーテリオン)』の存在に気づいた。
『強制同調(エーテリオン)』と『明晰夢』。
この二つの力が同時に発動した場合、どうなるんだろう?
望の脳裏に浮かぶのは、『強制同調(エーテリオン)』という非現実的な力のことだった。
愛梨の記憶では、先を見据え、未来へと導く力だという解釈になっている。
だが、明晰夢も、『強制同調(エーテリオン)』と同様に未来を変える力だ。
同時に発動した場合、どちらの力が世界の事象を左右するのだろう。
望の思考を読み取ったように、かなめは静かに続けた。
「椎音紘の特殊スキル、『強制同調(エーテリオン)』は、過去、現在、未来、全てを見据えた上で、未来へと導いていく力。私達がかって授かった明晰夢の力では、椎音紘の特殊スキルには遠く及びません」
「椎音紘の特殊スキルは、そんなにすごい力なんだな」
かなめの説明を聞いて、望は疑問だらけの脳内を整理する。
「私達の目的は、美羅様を覚醒させて、神にも等しい叡知を宿した存在を産み出すことです。美羅様が宿している力ーー特殊スキルは、全ての人々にご加護を与え、一部の者達に神のごとき力を授けることができます」
「力を授ける?」
望の疑問に、かなめは祈りを捧げるように指を絡ませた。
「美羅様を覚醒させるそのためには、特殊スキルの使い手であるあなた方の協力が必要不可欠なのです」
「悪いけれど、俺は協力するつもりはない」
予測できていた望の即答には気を払わず、かなめは同じ問いを再び、口にする。
「美羅様が一時的にでも覚醒を果たせば、私達はその限りだけですが、『明晰夢』の力を再び、使うことができます。あなた方のご協力を頂けたら、仲間の方はすぐに解放します」
「俺は協力するつもりはない!」
望の断言すらも無視して、かなめは一拍おいて流れるように続ける。
「世界の安寧のために、あなた方の力をお貸し頂きたいのです」
「ーーっ」
付け加えられた言葉に込められた感情に、望は戦慄した。
当然だ。
協力するかどうかについては、既に結論が出ている。
協力しない。
望は何度も、そう答えたはずだ。
「蜜風望。美羅様は、あなたの力を必要としているのです。どうか、美羅様に力をお貸し下さい」
語尾を上げた問いかけのかたちであるはずなのに、かなめは答えを求めていない。
いや、答えは求めているのだ。
ーー協力する。
その決まりきった答えだけを。
「ーーくっ」
どうしようもなく不安を煽るかなめの懇願に、望は焦りと焦燥感を抑えることができずにいた。
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