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留菜マナ
留菜マナ

第百ニ十四話 消えないで、愛の灯①

公開日時: 2021年1月20日(水) 16:30
文字数:2,372

望達が、小鳥の家に赴くことを決めたその日の夜ーー。


「もうすぐだ」


留置所の窓から見える夜空を眺めながら、賢は降り注ぐ月光に酔っていた。


「本来なら、ボス戦の時に、美羅様の真の力を発動させたかったのだがな」


思惑が外れた賢だったが、悔しがる訳でもなく平然としている。

紫紺の闇の中、見回りに来た警察官は胡散臭げな視線を賢達に向けた。


「だが、『創世のアクリア』がサービスを終了したことで、美羅様は現実世界へと顕現することができたはずだ。私は、美羅様と同化した彼女(リノア)が、現実世界ではどうなっているのか知りたい」


賢は恍惚とした表情で空を見上げながら、己の夢を物語る。

現実世界に戻り、留置所に拘束されながらも、平然と美羅を敬う賢達。

賢の感覚は、美羅を管理するうちに、実世界との境界が曖昧になっていた。


「就寝の時間は、とっくに過ぎているぞ」

「私は、美羅様の真なる力を見てみたい。そして、あまねく人々を楽園へと導きたいんだ」


警察官が注意を促すと、賢はどうしようもなく期待に満ちた表情で、ただ事実だけを口にする。


「戯言も大概にしろ!」

「……愚かな」


警察官の答えを聞いて、賢は失望した表情を作った。


 「恐れる必要はありません」


凛とした声が、留置所内に響き渡った。

賢の隣の牢に入っていたかなめは、無感動に警察官を見つめる。


「賢様は、私達に約束してくれました。女神様のーー美羅様のご加護を」


目を見瞠(みは)る『レギオン』と『カーラ』のギルドメンバー達は、ただ静かにかなめの次の言葉を待つ。


「特殊スキルの使い手達はいずれ、私達の手中に入ります。ならば、私達はそれに報いる限りです」


警察官が剣呑の眼差しを返すと、かなめは祈りを捧げるように指を絡ませる。


「……あなた方にも、美羅様の素晴らしさが分かる日が来ます」

「いい加減にしろ! 貴様らも、狂信者紛いのことをする前に、さっさと寝ろ!」


祈りを捧げ続けるかなめを背景に、『レギオン』と『カーラ』のギルドメンバー達は頭を垂れて、美羅を心酔し、崇め敬っていた。

警察官の剣幕をよそに、顔を上げたかなめは静かな声音で告げる。


「やはり、理解して頂くためには、この場にいる方々に明晰夢を体験して頂くしかないようですね」

「なっ!」


常軌を逸したかなめの申し出に、警察官は不穏なものを感じた。


『我が愛しき子達よ』


かなめは子守歌のように言葉を紡ぐと、明晰夢の力を発動させた。

警察署の周りに、魔方陣のような光が浮かぶ。

美羅と同化したリノアが現実世界に戻ったことで、賢とかなめは再び、神のごとき力ーー『明晰夢』の力を授かったのだ。


『我が願いを叶えなさい』

「何をしている!」


警察官が止める暇もなく、警察署全域は、かなめの明晰夢の力によって光に包まれる。


「何がーー」


警察官が疑問を口にしようとしたその直後、背筋に突き刺すような悪寒が走った。


「あ、頭が痛い……っ」


異常な寒気と倦怠感。

まるで脳を直接触られるような不快感に、警察官は頭を押さえる。


違和感が、徐々に現実に異様な形を作り始めるーー。


それに鼓動するように、警察官はやがて、両手を広げて異常な行動を取り始めた。


「夢が叶ったー!!」


その声を合図に、止まった時間が動き出したかのように、寝静まっていた人々さえも一気に騒乱状態へと陥った。


「理想の世界だ……」


口々にわけの分からないことをつぶやきながら、ふらふらと歩く警察官達。


「美羅様の神託を聞けば、願いが叶うんだ」


留置所に収容されている者達は、『レギオン』と『カーラ』のギルドメンバー達のように、頭を垂れて、美羅を心酔し、崇め敬っていた。

彼らはまるで夢遊病のように、走り、転び、寝ている。

焦点の合わない虚ろな目をした彼らは、全員幸せそうな顔をしていた。


美羅を完全に覚醒させるーー。 


その絶対目的を叶えるために、賢達は最善な方法を模索してきた。

だが、賢達が如何(いか)にあらゆる策を弄(ろう)しても、紘の特殊スキル『強制同調(エーテリオン)』によって、全て見抜かれてしまう。


恐らく、この状況も、既に気づかれてしまっているだろう。

このままでは埒が明かないな。

一刻も早く、美羅様の真の力を発動させて、椎音紘の特殊スキルに対処する必要がある。


しかし、そこに至るまでの道のりはまだ遠いーー。


ならば、このまま、椎音紘の特殊スキルを無視する方向で、事を進めていくしかないな。


賢は一拍だけ間を置くと、月下に咲く大輪の花のように不敵に微笑んでみせた。

やがて、警察官達が徘徊し、無骨な警察署は、女神を崇める礼拝堂としての役目へと変わり果てていった。






小鳥の家に赴く前日、望達にとって想定外の出来事が舞い込んできたーー。


「皆さん、おはようございます。情報番組『モーニング・スター』の時間です」


マイクを通して告げられるテレビのアナウンサーの挨拶に、望達は耳を傾ける。

社会情報から始まり、芸能、生活情報の内容が事細かに提供されていった。

そこまでは、普通の情報番組と同じ流れだったのだが、アナウンサーが発した次の言葉は、さすがに無視することができなかった。


「美羅様、今日も世界を平和にしてくれてありがとうございます」

「ーーなっ!?」

「えっ? 美羅ちゃん!」


アナウンサーが口にした発言は、望達の予想に反した重大案件だった。


「美羅様……」


望達が唖然としている中、テレビのアナウンサーは目を閉じ、手を合わせた。

周りの人々も、美羅に対して訥々と祈り始める。

何もかもが理解不能のまま、全く予想外な方向に話が進んでいた。


「お、お兄ちゃん。これって、まるで望くんが前に話してくれた明晰夢の世界みたいだよ」

「妹よ、そのようだな」


花音の戸惑いに、有は怪訝そうに眉をひそめる。


「愛梨ちゃん、勇太くんとリノアちゃん、大丈夫かな?」

「望、有、花音!」


花音が疑問を口にしたその時、奏良が焦ったように部屋に入ってきた。


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