『信也、見て。いつかこの蒼い花は光になるんだもの』
信也は生前の吉乃美羅の姿を呼び起こす。
青い花弁が空に舞い上がる。
仄かに輪郭を染める花弁はゆっくりと回転しながら降り注いだ。
信也が視線を上げれば、一面に広がる青い花。
優しく光るその花は幻想的で、まるで夢を見ているよう。
「どんな蕾でも、いつかは花開くの。だから、前を向いて」
美羅の柔らかな頬が桃色に色づく。
信也が物心ついてより、世界はひたすらに過酷だった。
生きていれば、必ず死ぬ。
それはどうすることもできないこの世の理(ことわり)だ。
そして、世界は足の踏み場もないほどに死の要因で満ちている。
「前を向くことなどできない。人は生きるうえで、あまりに苦痛が多すぎる」
信也は憂いを帯びた声でそうつぶやいた。
「一毅、君もそうだったんだろう。だから、君は美羅をこの世界に残した」
信也の視線が向かう先には過去の景色が広がっていた。
ずっと、みんなの傍にーー。
大切な仲間達に希う想い。
それは距離や関係の話だけではなく、互いの命のすれ違いも含めて。
仮想世界だけに咲く淡き花々。
過去に繋がる愛の花。
遠く離れた鎮魂歌(レクイエム)。
「……この理想の世界なら、少なくとも私は苦しむことはない」
信也の望むのは安寧だ。
安寧は信也の心に安らぎを与えてくれる。
だからこそ、信也は医学を学び、医師を志した。
そして、妹のかなめの紹介で賢と一毅と美羅に出会った。
四人はいつでも共に在る。
姿形が異なれど、永劫の別離など彼らの前には存在はしない。
それが賢の胸中そのもの。
不意に訪れた大切な人達との別離は、彼にとっての驚愕だったのだろう。
しかし、それはその場に居合わせた信也達も同じ心境だった。
賢と一毅と美羅は、信也とかなめにとって大切な存在だった。
どのような困難に見舞っても手を繋いで進んでゆくという希望であった。
蒼穹のような輝きを持った彼らは歌うように生を謳歌する。
長閑な世界が喧噪から遠く、四人を運んでくれるから。
止まない雨は無い。
明けない夜も無い。
奏でる音色はきっと美しく響き渡る。
『だって、見て。空はこんなにも蒼いんだもの』
今はもういないはずの美羅が優しく微笑んだ。
まるで幼子のように微笑んだ笑顔は甘やかな色彩に彩られる。
彼女の髪が風で揺らぐ様さえも愛おしい。
ーー例え、世界が別つとも。
四人は決して逸れることがなきように手を握っている。
この蒼穹が、いつでも自分達を繋いでいてくれると信じているから。
「そうだろう? 美羅、それが君の望んだものの結果なのだから」
信也はこの状況に高揚していた。
美羅の望んだ世界なら誰しも苦しまなくていいから。
だから、一毅も美羅もお節介焼きだという思いを、せめて今だけは口にする。
それそのものを願いにはできないのなら、せめてもの、と。
想いを形にすることが出来ないから。
今はもういない彼女ーー美羅のために、この世界が創られたというのなら、私の役割はただ一つ、それを阻止しようとする者達の思考を変えることだーー。
だからこそ、覚悟の焱(えん)は優しく罪を吞み込んでいくことになるだろう。
罪炎が世界を焼くように。
紘達が怯える事のないように。
長く苦しむことのないようにーー魔力を奔らせる。
強大無比な『明晰夢』の力ーーしかし、それは発動出来なくては意味をなさなかった。
「吉乃信也。何度試みても、君の『明晰夢』の力は発動することはない。私が全力でそれを阻止する」
「ーーっ」
信也が『明晰夢』の力を振るおうとしたその時、紘が振りかざした槍が割って入ってくる。
鋭く重い音が響き、信也の身体が吹き飛ばされた。
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