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留菜マナ
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第ニ百七十七話 燻る想い⑧

公開日時: 2021年6月22日(火) 16:30
文字数:1,499

徹が発した檄は、賢の言葉に惑わされつつあった勇太の心を沈める。


『勇太くん』


不意に聞こえてきたあの日の彼女(リノア)の声音に、勇太は急速に頭が冴えていくのを感じる。


リノアを救う手段は、美羅の真なる力の解放しかないのかもしれない。

だが、たとえ、そうだとしても、勇太は望達とともに自分が信じる道に向かって前に進むだけだ。

胸に吹き荒れる感情名は、勇太にも分からない。

ただ突き進む意思だけが、心で煌々と燃え盛っている。

勇太は、今まで遭遇した出来事を通してーーリノアが最後に口にした言葉の意味を理解していた。


『私が美羅様になったら、もう勇太くんが知っている『私』じゃない。だから、絶交中でも、最期のお別れを言いたかったの』


勇太は改めて、自分の記憶を洗い直す。


何故、あの時、引き留めなかったんだろうか。

何故、あの時、もっと詳しい話を聞かなかったんだろうか。


待ち望んでいたリノアとの再会は、勇太にとって悔やんでも悔やみきれないものとなった。


今のリノアは、もう俺の知っているリノアではないのかもしれない。

だけど、リノアをーー大切な仲間である望達を、あいつらの好きにはさせない。


現実世界でも、仮想世界でも、『レギオン』と『カーラ』に囚われている幼なじみの少女。

最早変わり果てた姿となってしまったリノアの身を案じ、勇太は目を閉じる。


仮想世界だけではなく、現実世界にまで影響を及ぼしてくるギルド。

自分一人では、手に余る事柄だっただろう。

だけど、望達と出会ったことで、勇太に彼女を救うための道が指し示された。


同じクラスメイトで、いつも意気投合していた彼女。

些細な喧嘩が元で、絶交中だった彼女。

だけど、不器用な俺は、いつまでも彼女に謝ることすらできなかった。

リノアに目覚めてほしい。

今度こそ、彼女にーー本来の彼女に謝りたい。

そして、力を貸してくれたーー俺達のギルド、『キャスケット』のことを話したい。

だからこそ、ここで、望達とともに『レギオン』と『カーラ』に戦うことに迷う理由などない。


勇太は大剣を突きつけると、賢にーー高位ギルドの猛者に向かって身を投げ出した。


「リノアを今すぐ、元に戻せ!」

「蜜風望が、私達の条件を呑まない限り、それはできないと告げたはずだ。美羅様には、彼女の器が必要だからな」


勇太の訴えを、賢はつまらなそうに一蹴する。


「だったら、これからもリノアを元に戻す別の方法を探すだけだ!」

「……愚かな」


勇太の即座の切り返しに、賢は落胆したようにため息をつく。

一瞬の静寂後、勇太と賢は同時に動いた。

二人は一瞬で間合いを詰めて、互いが放つ剣技を相殺し合う。


激しさを増す攻防戦。


しかし、賢は勇太との戦いにおいて、無類の強さを誇っていた。


「何度挑んできても、結果は同じだ」

「ーーっ!」


賢がさらに地面を蹴って、勇太に迫る。

勇太の隙を突いて、賢による最速の一突きが飛来した。

大剣を翻した勇太は、それを寸前のところで避ける。


「リノアは、美羅なんかじゃない! リノアにこれ以上、変なことをするな!」

「君がいくら否定しようとも、彼女はもはや、美羅様だ。彼女を美羅の器から解放したいのなら、私達の条件を呑むことだ」


勇太がはっきりと拒絶の言葉を叩きつけると、賢は吹っ切れたような言葉とともに不敵な笑みを浮かべた。


「蜜風望と椎音愛梨が、美羅様の真なる力の発動に協力してくれた場合、君のその願いに応えよう。だが、拒否するのであれば、それはできない。美羅様には、彼女の器が必要だからな」


賢は先を見据えたように、愉悦に酔って破顔する。

甘き罠にて、懐柔を試みた蒼き騎士。

何かを悟った賢人は、全てを投げ出した愚者のようにーー女神の斜事詩を語り伝えた。

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