兄と妹とVRMMOゲームと

留菜マナ
留菜マナ

第百三話 二人だけの間奏曲①

公開日時: 2020年12月30日(水) 16:30
文字数:2,275

「何とかなったか……」


銃を下ろした奏良は、大きく息を吐いた。

奏良はインターフェースを使い、ステータスを表示させると、自身のレベルの上昇と新たなスキル技を覚えたことを確認する。


「わーい! 望くん、お兄ちゃん、奏良くん、プラネットちゃん、大勝利!」

「……っ。おい、花音」


これ以上ない満面の笑みを浮かべて、駆け寄ってきた花音が望に抱きついた。

花音の突飛な行動に、望は身動きが取れず、窮地に立たされた気分で息を詰めている。


「奏良、プラネットよ、やったな」

「ああ。望のおかげだ。今回は、ほとんど苦戦せずに倒せてしまった」

「マスターの力はすごいです」


有のねぎらいの言葉に、奏良とプラネットは恐れ入ったように答えた。

中ボスモンスターを難なく倒してしまった凄まじい力ーー特殊スキルの力の片鱗を垣間見たような感覚。

奏良は、特殊スキルの底知れない力を改めて実感する。


「お兄ちゃん。これで、第ニ十ニ層に行けるのかな?」

「妹よ、どうやらそのようだ」


花音の戸惑いに、有は思案するように視線を巡らせる。

モンスターを倒した場所に、中ボスモンスターを討伐した証である鱗と次の階層への転送アイテム、そしてダンジョン脱出用のアイテムが転がっていた。

中ボスモンスターのドロップアイテムである。

有がアイテムを注視すると、ウインドウが浮かび、アイテムの情報テキストが表示された。


「とにかく、回復を済ました後、第ニ十ニ層に行くぞ!」

「うん。そろそろ、ボスモンスターが出てきそうだね」


有の宣言に、回復アイテムを呑んだ花音は緊張した面持ちで告げる。

望達が次の階層への転送アイテムを掲げた有の傍に立つと、地面にうっすらと円の模様が刻まれる。

望達が気づいた時には視界が切り替わり、『朽ち果てた黄昏の塔、パラディアム』の第ニ十ニ層にいた。


『ガアアアア!!』

「第ニ十ニ層からは、ガーゴイル達による迎撃態勢のようだな」


有がさらにトラップアイテムを使う前に、フロア周辺に散開していたガーゴイル達が、望達に襲いかかってくる。


「はあっ!」


高く飛翔した望の剣が、ガーゴイルの集団を吹き飛ばした。

流星のような光を浴びたガーゴイル達は崩れ落ち、やがて消滅していく。


「切りがないな」


奏良は威嚇するように、ガーゴイル達に向けて、連続で発泡する。

風の弾がガーゴイル達の顔面に衝突し、大きくよろめかせた。


「よーし、一気に行くよ!」


花音は勢いのまま、鞭を振るい、ガーゴイル達へと接近した。


『クロス・レガシィア!』


今まさに奏良に襲いかかろうとしていたガーゴイル達に対して、花音が天賦のスキルで間隙を穿つ。

花音の鞭によって、宙釣りになったガーゴイル達は凄まじい勢いで地面へと叩き付けられた。


「どうやら、ここから先は階段でも、戦闘が発生するようになっているようだ」


意外な局面に、有はインターフェースで表示したカリリア遺跡のマップを視野に入れながら模索する。

第ニ十ニ層の探索を滞りなく終え、望達は最上階を目指して、さらに上層へと階段を上がっていく。


「この塔の降下位置。何者かが、この塔を地上に降ろそうとしている?」


電磁波を拳に纏わせて応戦していたプラネットは、塔の窓から覗ける風景の様子を見て痛々しく表情を歪ませる。

『朽ち果てた黄昏の塔、パラディアム』は、まるで引っ張られるように少しだけ針路を変えていた。


「ーーっ!」


望達とガーゴイル達の戦いの最中、塔は何処かへと降り立つ。


『ガアアアア!!』


その瞬間、ガーゴイル達は何かを察知したように、その場から飛び去っていった。

ガーゴイル達は階段に配置されている窓から飛び出し、目で追いきれないほど加速し、雲に溶け、灰色の中に消えていく。


「あのガーゴイル達が、一目散に逃げ出した?」


不吉な兆候に、望は怪訝そうに首を傾げる。


「あれ? あそこに誰かいるよ!」


不可解な空気に侵されていた静謐さを打ち破るように、花音が不意に手に持った鞭で指し示す。

第四十九層のフロア付近にいつの間にか、一人の少女が背中を丸めて倒れていた。


「おい、大丈夫か?」


望が駆け寄っても、少女はぐったりとして動かない。


『朽ち果てた黄昏の塔、パラディアム』のクエストは、今日が公開最終日だ。

このクエストを受けているプレイヤーは、俺達以外にもいるはずである。

だが、今までプレイヤー達と遭遇することはなかった。

もしかしたら、この子は先に訪れていたプレイヤーかもしれないな。


「ーーっ」


そう思ってその少女に触れた瞬間ーー望は呼吸すら忘れたように少女に見入ってしまった。

艶やかな茶色の髪は肩を過ぎ、腰のあたりまで伸びている。

腰に剣を携えている愛梨と同じ年頃の少女。

彼女を見ていると、まるで意識が吸い込まれそうになる。

なのに何故か、この少女から目を離すことができない。

愛梨に初めて出会った時のような感覚に襲われる。

望は次第に、まるで自分がこの少女であるような錯覚に陥っていった。


「ねえ、望くん。この子、大丈夫かな?」

「ーーっ!」


気づかうように顔を覗き込んできた花音を見て、望はようやく現実に焦点を結ぶ。


「ーーあ、ああ、そうだな」

「の、望くん、大丈夫? 顔色悪いよ?」


頭を押さえる望を見て、花音は不安そうに顔を青ざめる。


「望、妹よ。モンスターが去ったとはいえ、この場所は危険な気がする。すぐに、このフロアを離れるぞ」

「お兄ちゃん。望くんとこの子の体調、大丈夫かな?」

「とにかく一度、様子を見てーー」


有が思考を巡らせながら、花音の戸惑いに答えようとしたその時ーー。


「……っ」


望の傍で、少女の喘ぐような声が聞こえてきた。

寝覚めたばかりのように薄く目を開けている。

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