兄と妹とVRMMOゲームと

留菜マナ
留菜マナ

第九十八話 黄昏の塔と孤高の勇者④

公開日時: 2020年12月25日(金) 16:30
文字数:1,712

「くっ! きりがないな!」


望が剣を一閃すると、数体のケルベロスが床に伏す。

標的を切り替え、望は剣を構え直した。


「お兄ちゃん、まだ追ってくるよ!」

「『モンスター避けのお香』が効かないモンスター達は厄介だ。何とかしないといけないな」


花音が鞭でケルベロス達を凪ぎ払おうとしても、ケルベロス達は彼女の行動を読んだように即座に避ける。

有の注釈に、花音は途方にくれたように通路の奥をじっと眺めた。


「この塔、先が見えないし、複雑だよ。もう、へとへと~」

「花音様、もう少しで階段があります。そこで一度、休憩しましょう」

「うん。プラネットちゃん、ありがとう」


プラネットの気遣いに、花音はぱあっと顔を輝かせる。

望達が先を進むと、プラネットが指摘したとおり、上の層に上がるための階段が見えてきた。

石造りの殺風景な階段は、葛折(つづらおり)になっており、モンスターの姿は見受けられない。


「よし、妹よ。ここで一旦、休憩するぞ!」

「うん」


有の指示に、花音は満面の笑顔で頷いた。


「ここは、モンスターが出てこないエリアみたいだな」

「ああ」


周囲を窺っていた望は意外そうに、奏良に水を向ける。

長い階段にはモンスターが出ないため、望達の警戒心も薄かった。


「まだ、第一層か。攻略情報が見れないと何層まであるのか、分からないな」

「先は長そうだな」


奏良の思慮に、望は自分と周囲に活を入れるように答える。

奏良は風の魔術を使い、新たな弾に魔力を込めていった。

弾の外殻が次々と変色していく。

その様子を眺めていた花音が、興味津々な様子で尋ねた。


「その、スキル。また、私の鞭に使えないかな?」

「恐らく、使えるだろうな」

「わーい! 風の魔術による付与があるなら、すごい連携攻撃が出来そうだよ!」


曖昧に言葉を並べる奏良をよそに、花音はぱあっと顔を輝かせる。


「ねえ、望くん。あの時のように、蒼の剣に特殊スキルの力を込められないかな?」

「試してみるか。ーー『魂分配(ソウル・シェア)』!」


花音の疑問に応えるように、望は自身のスキルを口にする。

だが、何も起こらない。

状況がいまいち呑み込めず、望は苦々しい顔で眉をひそめた。


「変化なしか」

「そうなんだね」


赤みがかかった髪を揺らした花音が、顔を俯かせて声を震わせる。

すると、望はそんな彼女の気持ちを汲み取ったのか、頬を撫でながら照れくさそうにぽつりとつぶやいた。


「花音。椎音紘の話だと、俺の想いに愛梨が応えた場合、愛梨と入れ替わるみたいなんだ。そして逆に、愛梨の想いに俺が応えた場合、蒼の剣が力を増すことになる」

「……望くんの想いと愛梨ちゃんの想い?」


望の説明を聞いて、花音は不思議そうに首を傾げる。

望は一呼吸置いて、静かに蒼の剣を構えた。


みんなを守る力がほしいーー。


それは、望自身のスキルを使えば叶うと信じている。

望は目を閉じて、愛梨の想いに応えようとした。

愛梨の想いに応える術はないのかもしれない。

今、この場で、特殊スキルを使うことができるとは限らない。

それでも、望は諦めなかった。


『……みんなの力になりたい』


不意に愛梨の声が聞こえた。

それは望を介し、望の意味が付与された愛梨の想い。


「ああ、そうだな。俺はーーいや、俺達は諦めない!」


顔を上げた望は、胸に灯った炎を大きく吹き上がらせた。

望は前を見据えて、この世界で、たった一つだけの自身のスキルを口にする。


『魂分配(ソウル・シェア)!』


そのスキルを使うと同時に、蒼の剣からまばゆい光が収束する。

蒼の剣からは、かってないほどの力が溢れていた。

望が蒼の剣を掲げると、さらなる輝きを発する。


「望くん、すごーい!」

「上手く使いこなせるかは分からないけれどな」


花音の言い分に、望は少し逡巡してから言った。

その指摘に、花音は信じられないと言わんばかりに両手を広げる。


「なら、逆に、望くんの想いに愛梨ちゃんが応えたら、今度は望くんが愛梨ちゃんと入れ替わるんだね」

「ああ」


花音の咄嗟の疑問に、望は戸惑いながらも答えた。


「わーい! これからは、望くんと愛梨ちゃん、どちらにも会えるよ!」

「妹よ。望の特殊スキルは、片方の効果しか生じないと思うぞ」


 喜色満面で喜び勇んだ妹の姿を見て、有は呆れたように指摘したのだった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート