「美羅の特殊スキルは、全ての人々にご加護を与え、一部の者達に神のごとき力ーー『明晰夢』を授ける力か。紘の特殊スキルさえも覆す力。厄介だな」
愛梨達は支度を済ませて家を後にする。
徹は瞬きを繰り返しながら、賢達が語った美羅の特殊スキルの内容を思い出してつぶやいた。
徹達の苦悩も虚しく、美羅の特殊スキルの力はあっという間に世界中へと広まっている。
『創世のアクリア』のプロトタイプ版を産み出した四人の開発者ーー。
『救世の女神』を産み出すという禁忌を犯したことで始まった戦いは、仮想世界だけではなく、現実世界までも浸食していった。
漠然とした想いのまま、徹達は理想の世界へと変わった現実世界での日々を過ごしている。
「今日は小鳥が休みなんだよな。紘、大丈夫なのか?」
「問題ない。愛梨のことは、先生やクラスメイト達に守ってくれるように頼んでいる」
徹の懸念に、紘は携帯端末のメッセージを確認しながら淡々と返す。
本来なら、愛梨のことは途中で小鳥に任せる予定だった。
だが、小鳥が急遽、風邪で休むことになったため、紘達は中学校まで愛梨を送り届けてから、高校に向かうことにしていた。
紘達は街の雑踏をかき分けて、愛梨が通う中学校へと足を運ぶ。
やがて、密集するように家が立ち並ぶ住宅街から、次第に桜の木と欄干に挟まれた遊歩道の道筋が広がる長閑な景色へと移り変わる。
木々生い茂る噴水広場の周りを、魚達の群れがゆったりと泳いでいた。
いつもと変わらぬ穏やかな風景。
しかし、周囲の様子は明らかに平常とは異なっていた。
「美羅様……」
通勤途中で、サラリーマン風の男性は目を閉じ、手を合わせた。
周りの人々も、美羅に対して訥々と祈り始める。
「怖い……」
紘の背後に隠れていた愛梨は、その異常な光景に怯えるようにして俯いていた。
不安そうに揺れる瞳は儚げで、震えを抑えるように胸に手を添える姿はいじらしかった。
望ならまず見せない気弱な姿に、紘は優しく微笑んだ。
「愛梨、心配することはない。私達がそばにいる」
「帰りも、一緒についていてやるからな」
「うん……」
紘と徹は、肩を震わせる愛梨を気遣って、一緒に並んで歩いていく。
「帰りは、小鳥のお見舞いに行こうな」
「……うん。小鳥、大丈夫かな」
徹の呼び掛けに、愛梨は不安定な声色で応えた。
愛梨は、必死に言葉を形にするように掠れた声で続ける。
「徹くん。お見舞いって、どんなものを持っていったらいいの……?」
「そうだな。お菓子とかでいいんじゃないか。小鳥の家に行く前に、俺達も一緒に探してみるな」
「……ありがとう」
徹の気遣いに、愛梨は花が綻ぶように無垢な笑顔を浮かべた。
「大丈夫だ。愛梨が選んだものなら、小鳥はきっと喜んでくれる。そして徹、変なお菓子を選ぶな」
「……うん」
「何で、変なお菓子を選ぶこと前提なんだ!?」
紘が発した未来を見据えた意見に、愛梨が小さく頷き、徹は不満そうに言い返した。
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