「やはり、協力して頂くためには、実際に明晰夢を体験して頂くしかないようですね」
「なっ!」
常軌を逸したかなめの申し出に、望は不穏なものを感じる。
『我が愛しき子よ』
かなめは子守歌のように言葉を紡ぐと、自身の光の魔術のスキルを発動させた。
望の周りに、魔方陣のような光が浮かぶ。
『我が願いを叶えなさい』
「だ、だめ!」
シルフィが止める暇もなく、望はかなめの魔術によって光に包まれる。
「何がーー」
望が疑問を口にしようとしたその直後、背筋に突き刺すような悪寒が走った。
「あ、頭が痛い……っ」
先程と同じ、異常な寒気と倦怠感。
まるで脳を直接触られるような不快感に、望は頭を押さえる。
「ど、どうして、全ての電磁波は遮断したはずなのに!」
「つまり、今回のシンクロは、電磁波によるものではないということです」
シルフィの驚愕に応えるように、かなめは静かに事実を口にした。
「電磁波、じゃない?」
「手嶋賢様、了解しました」
シルフィがそう告げたその瞬間、ドアが開き、背後から不可解な電子音のやり取りが聞こえてきた。
「ではでは、ニコットはこのまま、作戦を続行します」
「作戦……?」
室内に入ってきた無邪気に嗤うニコットの発言を聞いて、シルフィは嫌な予感がした。
電磁波を発信しているのは、今回も恐らく、ニコットだろう。
なら、電磁波ではないものを発信しているのはーー。
不意に、徹から聞かされていた指示が、シルフィの脳裏をよぎる。
『シルフィ。紘から伝言があった。蜜風望に降りかかる電磁波を出来る限り防いでほしい。ただ、途中で『カーラ』のギルドマスターが、光の魔術のスキルを用いて、蜜風望に干渉してくるから気をつけろよ』
その意図を察した瞬間、シルフィは周囲を窺いながら、意思伝達で望に今回の指示を伝える。
しかし、シルフィの思惑には気づかずに、ニコットは淡々と一方的な会話を続けた。
「はい。契約に従い、吉乃かなめ様の光の魔術を用いて、蜜風望と美羅様へのシンクロを開始します」
ニコットはそう告げると、『カーラ』のメンバー達の指示に従ってシンクロを続けた。
「望、どうしたら……」
シルフィはわざと落ち込む仕草をすると、向かいの席の前に佇んでいるかなめを物言いたげな瞳で見つめた。
そして、牢屋に捕まっている徹とコンタクトを取り始める。
『徹。『カーラ』のギルドマスターの力で、望が大変』
『分かった。プラネットが、電磁波の発信源の特定を完了している。牢屋から抜け出したら、すぐに助けに行くからな』
『うん』
シルフィは連絡を切り、神妙な面持ちで、頭を抱えて苦しむ望を気遣う。
「望、もう少しの辛抱……」
「あ、ああ……」
悲痛な声を上げるシルフィの姿を目に焼きつけながら、望は膝をつくと同時に意識を失った。
寂寞(せきばく)も冷えも焦りも、今は胸の底に沈んでいった。
朦朧とした意識の中、望はふらっと吸い寄せられるように、音もなく、一筋の光に吸い込まれていった。
靄(もや)がかかったように、視界が白く塗りつぶされていく。
身体の感覚も薄れて、まるで微睡みに落ちるようだった。
遠くなる意識の中、望は強く願う。
ーーみんな、無事だろうか。
その願った瞬間、望の意識は再び、闇に落ちる。
「……っ」
「の、望くん!」
次に目が覚めたその時、花音の掠れた声が聞こえた。
「……花音?」
「望くん、気がついたんだね!」
意識が覚醒する微かな酩酊感は、思いもよらず近くからかけられた花音の声によって一瞬で打ち消される。
先程まで、『カーラ』のギルドホームにいたはずなのに、望はいつの間にか見慣れた部屋の中にいた。
「ここは?」
「私達のギルド、『キャスケット』だよ」
目覚めた望は、顔を覗き込むようにして身を乗り出している花音の近さに思わず、瞬きした。
望は身体を起こして一度、ため息を吐くと、安堵の表情を浮かべている花音に尋ねる。
「ギルド? 有達が助けてくれたのか?」
「お兄ちゃんは、今回の件を『カーラ』の人達に訴えているの。世界の安寧のためとはいえ、望くんを無理させすぎたから」
「世界の安寧? 花音、何を言っているんだ?」
気まずそうな花音の言葉に、望は少し躊躇うように訊いた。
「美羅様による、神託のことだよ」
「なっ、神託?」
「でも、今日の神託、望くんと美羅様のシンクロ、上手くいって良かったね。望くんと美羅様が、同じ動きをしているのってすごーい!」
望の疑問を受けて、花音はインターフェースを使って、神託の情報を検索する。
その瞬間、望達の目の前には、『カーラ』のギルドホームのホログラフィーが表示された。
繊細でも優美でもなく、ただただ壮麗なーー神秘の真髄を追究したかのような古城は、今は女神を崇める礼拝堂としての役目を果たしている。
花音の指摘どおり、ホログラフィーに映る望の隣には、愛梨に似た少女が望と同じ言動をおこなっていた。
「何なんだ、これは?」
「美羅様、今日も世界を平和にしてくれてありがとう」
望が唖然としている中、花音は手を合わせると訥々と祈る。
何もかもが理解不能のまま、全く予想外な方向に話が進んでいた。
「花音。これって一体ーー」
望が疑問を口にしようとしたその時、有達が部屋に入ってきた。
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