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留菜マナ
留菜マナ

第百三十六話 星の古戦域④

公開日時: 2021年2月1日(月) 16:30
文字数:2,437

「お兄ちゃん、大変だよ!」

「妹よ、何か、あったのか?」


愛梨とともに、慌ててギルドに戻ってきた花音の姿を見て、有は明確な異変を目の当たりにする。


「ペンギン男爵さんが、新しくお店を開いていたんだけど、そこで『転送石』が『八百万ポイント』で売られていたんだよ!」

「八百万ポイントで?」


花音の想定外の発言に、有は意外そうに首を傾げる。


「妹よ、それはつまり、オープンセールのようなものか?」

「うん。だから、少しの間だけだと思うの」


有が尋ねると、花音は転送石への意気込みを語った。


転送石。


それは、街などへの移動を可能するために用いた二つの輝石のことだ。

『転送アイテム』の派生版で、対になった二つの輝石が呼び合う効果を持っている。

有達が輝石の一つを持ち、もう一つを『キャスケット』のギルドに置いておけば、いざというときにギルドに移動することができた。

また、何度でも使うことができるため、転送アイテムよりも実用性は高かった。

転送石があるのとないのでは、利便性さが全く違う。

ギルドホームを持ったギルドが、次に欲しいと思うのが転送石だった。


「転送石。通常は、二千万ポイントしますね」

「その通りだ、プラネットよ。この機会を逃せば、転送石を半額以下で手に入れるチャンスは二度と来ないだろう」


プラネットが口にした言葉に、有は同意する。

その時、花音はある事実に気づき、不思議そうに小首を傾げた。


「でも、お兄ちゃん。高位ギルドの人達って、転送石を持っているんだよね。私達以外に購入する人っているのかな?」

「三大高位ギルド全てを合わせれば、一万人以上のプレイヤーがこの世界にログインしているはずだ。全てのプレイヤーが、転送石を持っているとは限らないからな。中には、購入する者もいるかもしれない」


花音の懸念に、有はインターフェースを使って、高位ギルドの情報を一つ一つ検索する。


新興に当たる高位ギルドであり、『レギオン』の傘下である『カーラ』。

特殊スキルの使い手が二人いる高位ギルド、『アルティメット・ハーヴェスト』。

そして、美羅の真なる力の発動のために、特殊スキルの使い手を狙っている高位ギルド、『レギオン』。


有自身としては、プロトタイプ版の不明点が多い現時点で高位ギルドとやり合うのは避けたかった。

望が目覚めている時なら、いつでもログインできるようになったとはいえ、相手の人数が多すぎて、戦いは泥沼化必至だ。

また、『レギオン』のギルドメンバーの魔術のスキルの使い手達は、転送アイテムなどを使用不可能にする魔術を使うことができる。

最悪、この場で戦闘になれば、望と愛梨を奪われ、メンバー全員、ゲームオーバーに成りかねない状況に陥ってしまうだろう。

それだけは、何としても防がなければならなかった。

有は腕を組んで考え込む仕草をすると、高位ギルドの情報を物言いたげな瞳で見つめる。


「転送石を購入した後、王都『アルティス』の様子を見に行くか、悩みどころだな」

「……あの、有様」


思案に暮れていた有を現実に引き戻したのは、躊躇いがちにかけられたプラネットの声だった。


「私も、転送石の購入の際にご同行させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「もちろんだ、プラネットよ」

「ありがとうございます」


有の承諾に、プラネットは一礼すると強気に微笑んでみせる。

目的地が定まった有達は、ペンギン男爵が営むアイテムショップへと向かったのだった。






「いらっしゃいませ。わたくしは、ナビゲーター兼この店のオーナーのペンギン男爵と申します。お客様のサポートを務めさせて頂きます」

「ペンギン男爵さん、こんにちは」


再び、店内へと入った花音達を出迎えるように、目の前にペンギン男爵が現れた。


「ペンギン男爵よ。プロトタイプ版とオリジナル版の違いについて聞きたい」

『創世のアクリア』のオリジナル版は、運営の管理下にありましたが、『創世のアクリア』のプロトタイプ版では、三大高位ギルドの手によって管理されています。この街ーー湖畔の街、マスカットは、『アルティメット・ハーヴェスト』の管轄下になっております」


有の疑問に、ペンギン男爵は訥々と説明した。

ペンギン男爵の報告を聞いて、有は早速、インターフェースを使い、湖畔の街、マスカットの情報を確認する。

そこには、街に関する当たり障りのない情報が記載されていた。

だが、新たに記されていた箇所を発見して、有は顔を強張らせる。


なお、今現在、湖畔の街、マスカットは、『アルティメット・ハーヴェスト』の管轄下にあります。


湖畔の街、マスカットの情報には、そう記載されていた。

有は前に進み出ると、不穏な空気を吹き飛ばすように口火を切った。


「ペンギン男爵よ。転送石を購入させてほしい」

「かしこまりました」


有の要望に、ペンギン男爵は丁重に答える。

ペンギン男爵は軽い調子で指を横に振り、展示品の中に保管されていた二つの輝石ーー転送石を、有達の目の前に顕現させた。


「オープン特別価格により、八百万ポイントになります」

「ポイントアプリは、今までと同じように使えるようだな」


ペンギン男爵の指示の下、有は指を横にかざし、視界に浮かんだポイントアプリを、指で触れて表示させる。

そして、目の前に可視化した累計ポイントを確認すると、支払いの項目を選び、ポイントを支払う。


「ありがとうございます。では、転送石の購入でよろしいでしょうか?」

「ああ」


ペンギン男爵の再確認に、アプリ表示を消した有は承諾した。

有が転送石を受け取ると、花音は興味津々な様子で有へと視線を向けた。


「愛梨ちゃん、転送石、綺麗だね!」

「……うん」


花音は愛梨とともに有のもとへ駆け寄ると、悪戯っぽく目を細める。


「これで、ギルドへの移動は楽になるはずだ」

「おや? 残念。転送石は先に購入されてしまったか」


独り言じみた有のつぶやきにはっきりと答えたのは、花音達でもなく、言い争っていた奏良達でもなく、全くの第三者だった。

驚きとともに振り返った有達が目にしたのは、魔術士風の格好をした青年だった。

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