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留菜マナ
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第百ニ話 黄昏の塔と孤高の勇者⑧

公開日時: 2020年12月29日(火) 16:30
文字数:2,278

「と、とにかく、行くよ!」


率先して先手を打った花音は身を翻しながら、鞭を振るい、ベヒーモスを翻弄する。

風の魔術による付与効果の影響で、鞭は舞い踊るように技を繰り出す。


「喰らえ!」


そのタイミングで、奏良は距離を取って、続けざまに四発の銃弾を放った。

弾は寸分違わず、ベヒーモスの頭部に命中する。

しかし、HPを示すゲージは減ったものの、いまだに青色のままだ。

弾に魔力が籠っていても、数発程度ではどうにもならなかった。


「はあっ!」


高く跳躍したプラネットの拳が、ベヒーモスの顎に突き当たる。

しかし、鱗は鉄よりも遥かに硬く、易々とダメージを喰らってはくれなかった。

プラネットの一撃は、鱗に少し傷を付けただけで終わる。


「これで決める!」


望が構えた蒼の剣から、まばゆい光が収束する。

蒼の剣からは、かってないほどの力が溢れていた。


「蒼の剣、頼む!」


花音達の前に出た望は、水の魔力、そして望と愛梨の特殊スキルが込められた蒼の剣を構える。

流星のような光を放って、ベヒーモスの放った炎を流れるような動きで弾くと、望は迫ってきたベヒーモスの攻撃をいなした。


「これでどうだ!」


望はそのまま、一瞬でベヒーモスの懐に潜り込み、虹色の剣を横に薙いだ。

光の連なりが、剣筋とともに閃く。

ベヒーモスのHPは、一気に減ったが、倒すまでには至らない。


「望くんの特殊スキルの力でも、倒せないなんて……」


花音は名残惜しそうな表情を浮かべると、ベヒーモスを見上げる。


「心配するな、妹よ。このまま攻め込めば、必ず勝機はある」

「うん。お兄ちゃん、そうだね」


杖を構えた有の宣言に、花音は人懐っこそうな笑みを浮かべて答えた。


「ここで諦める選択を選ぶなんて、私達らしくないもん」

「そうだな」


予測できていた花音の答えに、望は笑みの隙間から感嘆の吐息を漏らす。


「俺達が勝つためには、この状況を打破するしかないな」

「うん」


望の決意の宣言に、花音は意図して笑みを浮かべてみせた。

有達のギルド『キャスケット』。

誰かと共にあるという意識は、押されていてもなお、決して自分達が負けることはないという不屈の確信をかきたてるものだと望は感じた。


「貫け、『エアリアル・アロー!』」


奏良が唱えると、無数の風の矢が襲いかかり、ベヒーモスの行く手を足止めした。


「なら、さらに叩き込んでみせる!」


望は身体を回転させ、遠心力に乗せて剣を振る。

そして、疾駆の速さで、ベヒーモスを何度も肉薄した。


『クロス・レガシィア!』


望の剣戟が放たれると同時に、花音は協力技とばかりに天賦のスキルで間隙を穿つ。

隙を突いた花音のスキルに、ターゲットとなったベヒーモスは完全に虚を突かれた。

花音の鞭によって、宙に舞ったベヒーモスは凄まじい勢いで地面へと叩き付けられる。

しかし、起き上がったベヒーモスは応戦するように、レーザーの如き炎を放つ。


「わっ! 今度は、炎の閃光だよ!」


花音は慌てて鞭を戻すと、ベヒーモスから大きく距離を取った。


『グウウウウッ』


ベヒーモスは、自身に炎と風の魔力が混在した光を纏わせる。


『グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


ベヒーモスは吠えると、炎と風で荒れ狂った拳を、望達に向かって振り下ろした。


「うわっ!」

「いたっ!」

「くっーー」

「……っ」

「ーーっ」


ベヒーモスの振り下ろした拳に、望達は一斉に巻き込まれる。

迎撃が間に合わなかった望達は、それぞれの武器で対応し、どうにか死ぬことはなかったが、拳の勢いだけは殺しようもない。

HPを半分以上減らされた望達は大きく吹き飛ばされて、地面を転がった。

烈火のごとき剣幕を前に、望は咄嗟に焦ったように言う。


「有、このままじゃ埒が明かない」

「ああ、分かっている。とりあえず、みんな、一度、回復アイテムを使ってHPを回復させるぞ!」


有は腕を組んで考え込む仕草をすると、唸り声を上げるベヒーモスの様子を物言いたげな瞳で見つめた。


「妹よ。これで少し楽になるはずだ」

「うん。お兄ちゃん、ありがとう」


花音達は受け取った回復アイテムを手に戦線を離れると、そこで一息つき、回復アイテムを口に含む。

花音達は、HPを少しずつ回復させていく。

その間、望が波状攻撃を仕掛け、ベヒーモスの注意を引いていた。


「望くん、お待たせ!」

「マスター、お待たせしてしまって申し訳ありません」

「状況が状況だからな。愛梨のために、全力を尽くさせてもらおう」


望の代わりに、花音とプラネットが前衛に立ち、後方で奏良が風の魔術を放つ。


「望よ、回復アイテムだ」

「ああ。有、ありがとうな」


有から手渡された回復アイテムを呑んだことで、望のHPは少し回復した。

望が前線に戻ると、ベヒーモスは瓦礫を薙ぎ払い、破壊の限りを尽くしていた。

互いの死力を尽くした超速の攻防。

陸と空、縦横無尽に攻撃の軌跡を描きながら戦う望達とベヒーモス。

ありとあらゆる手を、持てる限りの様々な技を尽くす。


「これで終わりだ!」


ベヒーモスが放った炎の連撃をかわすと、望は乾坤一擲のカウンター技を放つ。

望の声に反応するように、蒼の剣からまばゆい光が収束する。

蒼の剣の刀身が燐光(りんこう)を帯びると、かってないほどの力が満ち溢れた。


「はあっ!」


望はその一刀に全てを託し、ベヒーモスに向かって連なる虹色の流星群を解き放つ。

望の特殊スキルと愛梨の特殊スキル。

それが融合したように、ベヒーモスに巨大な光芒が襲いかかる。


『グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


望が放つ流星の剣を前に、ベヒーモスは為す術もない。

やがて、断末魔をあげて、一片も残すこともなく、ベヒーモスは喰い尽くされていった。


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